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2007年2月18日 (日)

世界一受けたい授業

最近、継続して見ているテレビ番組がある。日本テレビの「世界一受けたい授業」である。

「各界のスペシャリストが、目からウロコな授業を展開する新型アカデミック・バラエティ」

まさに、このうたい文句どおりの、すばらしい内容だ。専門家が、本来ならば難しい内容を、実に分かり易く講義してくれる。1テーマ20分弱なので、ムダがない。テンポよく進んでいくので、小気味いい。

ただし、これは控えておこうと思って書こうとすると、あっと言う間に、とおり過ぎてしまう。もっとも、リラッスクも兼ねて見ているので、ペンが走らないということもあるが。

今朝起きて、確か本屋で、この番組の本が出ていることを思い出した。アマゾンで調べてみると、3冊出版されていた。発作的に全部、購入してしまった。普段は、必ず本屋で中味を確かめてから購入するのだが、今回は特別である。本の出来がどれ程かは分からないが、それほど、興味深々ということだ。

特別配達で頼んだので、今日中には、届くはずである。

到着を、今から楽しみにしている。

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2007年2月17日 (土)

オーガニックカーボンヒーターの威力

ここ1週間、出張に出ていたため、ご無沙汰してしまった。パソコンは持ち歩かない主義なので、出先でネットにつながるパソコンがないと、とたんに停滞することになる。

最近の我が家の話題をいうと、オーガニックカーボンヒーターなるものを購入した。

「植物生まれのカーボンヒーター」と説明があるが、意味がよく分からない。でも、確かに遠赤外線の効果か、非常に暖かい。150Wと300Wの2段切り替えだが、150Wで十分である。

コンパクトスリムの縦型ヒーターだ。形は、直径7.5センチ、高さ48.5センチの細長い円柱となっている。場所を取らず、軽くて持ち運び便利な、優れものだ。夏場は、ベース板をはずせば、ロッカーの片隅に全くスペースを取らずに収納できる。こういういい品が手に入ると、それだけで幸せになる。

実は、自分の部屋で使っていた電気ヒーターを、娘に譲ったため、お小遣いで買って来たものだ。だから値段も、5000円程度のものだ。

もし、興味のある方は、以下のURLをクリックして見て欲しい。

http://www.eet.co.jp

ちなみに、私の購入した型番は、SLC1-IVである。お試しあれ。

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2007年2月10日 (土)

音を楽しむ

すっかり、NHK総合の「課外授業~ようこそ先輩~」が気に入ってしまった。有名人の素顔が見れることと、子供達の反応が実にいい。まだまだ日本はいける!という感を強くするのである。

今日は、ミュージシャンの矢野顕子さんだった。母校の青森市立古川小学校への訪問記であった。

いきなり、「皆さんと出会った今の気持ちを、音で表現してみます。」と言って、ピアノを弾き始めた。これには、私も子供達も面食らった。すごい人がいるものだと。

「いろいろな音が集まって、私たちの1日を作っています。」

なるほど、確かにそうだ。でも、日頃は、空気と同じで、あまり意識していない。雑音でも、意味があるのか。そう疑問が沸いて来た。

子供達が宿題で、「自分にとって大切な音」を探してきた。ドアを締める音、猫のガラス戸をひっかく音、リンゴの音というのもあった。それらを作文にして、自分達の気持ちを表わしたとき、初めて、その音の意味する深さが分かった。

心があるから、何でもない音が、特別の意味を持って来る。

そういえば、私も目を閉じれば、「ミツバチの音」が聞こえて来る。はるか昔、小学生の頃、原っぱで横になって目を閉じてとき聞こえて来た、静寂という音であった。

「自分を大切にして下さい。なぜならば、心がなくなれば音が聞こえなくなるから。」

矢野さんの音は、「心の音」だったのだ。

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2007年2月 8日 (木)

Windows Vista

昨日2/7(水)、「彩の国ビジネスアリーナ2007」へ行ったら、マイクロソフト社が、1ブース出していた。さいたまの地元企業の振興が目的の展示会であったが、やはりパソコンOSの覇者として、出展せざるを得なかったのかもしれない。

ちょうど、新OSであるVistaのデモをしていたので、説明を聞いて来た。もうご存知の方も多いと思うが。

メモリが1GB必要とのことであった。最低で500MBということだったが、これだけでは、いくつかアプリケーションを立ち上げたら、動かなくなってしまうだろう。大変な世の中になったものだ。

セキュリティも強化されたとのことであったが、個人的にはXPで十分である。

携帯用のモバイルパソコンが1台欲しいと前から思っていた。XPの駆け込みで安くなったパソコンを買おうと思っていたが、タイミングを逸してしまった。次回は、否応なくVista搭載マシンを買わざるを得ない。

まあ、もうしばらく様子を見ることとしよう。バグが取れた頃を見計らって、再度検討することとしたい。

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2007年2月 7日 (水)

焼き芋

今日2/7(水)、さいたまスーパーアリーナで「彩の国ビジネスアリーナ2007」が開催されていたので行って来た。今日はそのことを書こうと思っていたが、変更して「焼き芋」について書くことにする。

実は、帰りにお腹が減ったので、自宅の隣のスーパーで、焼き芋を買って来たのだ。かねてから目を付けていたが、買わず仕舞いだった。ちょうどいい機会だったので、買ってみた。

おいしかった。

石焼き芋機で焼いていた芋だったので、あまり味は期待していなかったが、あつあつほくほくだった。1本150円だったので、値段もまあまあと思う。

これで、隣なので、いつでも買いに行ける。24h営業しているMスーパーなのだが、夜中も焼いているのだろうか。だとしたら、夜食にもって来いである。

しかし、まあ、体重と相談しながら考えていくことにしよう。

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光の花

昨日2/6(火)、自由が丘に仕事で行った帰りに、一誠堂美術館へ寄って来た。この美術館は、一誠堂という宝飾店が開いている民間の美術館だ。

入って、驚いた。不思議な光の世界に紛れ込んだような錯覚を受けた。ここは、ランプを中心に、アール・ヌーヴォーのガラス工芸品を展示している小さな宝箱のような美術館だ。

「アール・ヌーヴォーのガラスは、光と色彩が織りなす夢幻の小宇宙を創りあげ、今もなお私達を魅了してやみません。」

パンフレットに書いてあった説明文だが、まさにこのとおりだった。

作品ひとつひとつを丁寧に見て回ったが、どれも作りが細かく繊細だった。落着いた色調の中にも鮮やかさがあり、描かれた中に引き込まれそうな感覚を持った。日本画の持つわびさびに似た感覚も感じた。それもそのはず、ジャポニズムという日本的な表現を取り入れているとのことであった。

帰りに気に入った作品の絵葉書を求めようとしたが、あいにく用意されていなかった。仕方がないので、パンフレットに載っていた写真切り抜き、絵葉書替わりにすることにした。

その作品とは、ドーム・ナンシーの「蝸牛装飾葡萄文ランプ」である。今日は、不思議な光の花たちを思い浮かべながら、眠りにつくとしよう。

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2007年2月 5日 (月)

棚卸しの効果

「棚卸し」、古くて新しい言葉だ。辞書には、「決算時に在庫の数量を調査し、その価値を評価すること」となっている。広く捉えると、「必要なものを見直し、不要なものと区分する」ことも含まれて来るのであろう。

こう解釈すると、ムダを排するという意味から、整理整頓、ジャストインタイム、果てはリストラまで「棚卸し」の概念に入って来るのかもしれない。

私がよく行なう棚卸しは、「本棚の整理」である。六畳の部屋の長辺に当たる部分に、壁一面の作り付けの本棚を持っている。横に7コマ、縦に8列に分かれている。そのそれぞれの区域をジャンルに分け、本を収納している。

基本的に右から本を並べてあるので、遠くから見ると、さながら横棒グラフに見える。どのジャンルの本がたくさんあり、どのジャンルの本が少ないか、一目瞭然なのだ。仕事の分野別にジャンルを分けているため、自分としてどこの知識が不足し、どこが厚いかが、客観的に分かるようになっている。当然、質の問題もあるが、アバウトに量で見ることにも意味がある。

あるジャンルの本が決めた区域に入り切れなくなった場合が、整理のしどころだ。基本的には、「捨てる」。読まない順に思い切って捨てるのである。整理には「捨てる」という意味が含まれている。ちなみに、整頓は「整える」と意味だ。

この「捨てる」行為ができるかが、分かれ道だ。

よく戦略とは「選択と集中」だと言われているが、この言葉は、カッコよ過ぎる。戦略とは「不要な部分を思い切って捨てる」ことなのだ。勇気と愛情が試される行為なのだ。

私の本は、どれもカバーが取り外され、ラインマーカーが至るところに引いてある。愛情を持って、しゃぶり尽くしてある。だからブックオフに持っていくこともアマゾンで売りに出すことも出来ない。

まさに私と運命共同体だ。だから本を捨てるときは、忍び難い。でも捨てる。しかし、その行為により、新たな世界が開けて来るのだ。

棚卸しの効果、それは、新世界への船出である。すこし大袈裟だが、ものを大事にしている方には、お分かり頂けるだろう。勇気と愛情が試される行為なのである。この本を人に置き換えた場合、その意味は、さらに深い意味を持って来る。

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2007年2月 4日 (日)

プレゼンテーションの深さ

仕事柄、講師として受講者の前に立つことが多い。在職中も人前で話す機会は多かったため、独立後も、それまでの勢いで話して来た。しかし、最近になって、その難しさが身にしみて来た。

原因は、3つあると思う。
① 話しかける相手が、学生から社長まで多岐に渡っている。
② 話す内容を、分かり易く解説する事例が足りない。
③ パーフォーマンスを演じ切れていない。

①は、受講者の立場になって共に考えるスタンスが必要だ。「話す」前に「聴く」ことが重要。事前に、受講者のことをよく調べておく必要がある。でも、公開コースの場合等は、難しい部分がある。その場合は、話しながら感知する必要がある。

②は、経験がものを言う世界だ。借りてきた話しは、迫力が出ない。単なる情報伝達では、感動を呼ぶことは難しい。よって、自ら体を動かし、いろいろな所で感じて来ることが大事だ。

③は、「話す」だけでは、足りないということだ。メーラビアンによると、人が相手を理解する場合の注目度は、言葉:声:表情の割合が、7:38:55ということだ。「声の強弱をつける」「手振り身振りをつける」ことにより、アッピールすることが必要だ。

今さらながら、プレゼンテーションの難しさを痛感している。日頃から、「頭」だけでなく、「体」と「心」への適度な刺激が必要ということか。

やはり、奥が深いものがある。

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2007年2月 3日 (土)

雨竜の歌を作ろう。

今日の「課外授業~ようこそ先輩~」は、フォークシンガーの高石ともや氏であった。北海道雨竜町の雨竜小学校へ帰っての授業だった。

私もフォーク世代だったので、高石氏はよく知っている。久しぶりに拝見した。ずいぶんお歳を召したものだ。65歳ということだった。

しかし、歌を愛し、歌を通して会話をするそのスタイルは、全く変わっていなかった。

最初、声の出なかった子供達、思いを伝えることを拒んだ女の子、その子たちが、高石氏の奏でるフォークギターのメロディに乗って、やがて心を開き始める。

最後、雪の積もった校庭で、雨竜への思いを綴った詩を、子供達が大きな声で、朗読する。高石氏が、声を掛け、励ましながらメロディを即興でつけて行く。朗読し終わった後の子供達の活き活きした顔が、とても印象的であった。

「自分の心を綴った詩そのものが歌なんだ。それでいいんだ。」と、子供達に語った高石氏の言葉が、胸に染み入った。

「イヤー、子供達の詩で、改めて雨竜の美しさを再認識したよ。何にもないところで、子供の頃は、出たい出たいとしか思わなかったところなのに。」

高石氏は、子供達から「ふるさとの心の詩」をプレゼントしてもらったようだ。

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明治新宮 参拝

昨日2/2(金)、国立新美術館のある乃木坂駅から明治神宮前駅経由で、仕事の打ち合わせのため、渋谷へ行く予定にしていた。しかし、少し時間があったので、明治神宮へ参拝することにした。

久しぶりの明治神宮であった。前職の本社が原宿にあったため、一時は、代々木駅で下車し、わざと明治神宮境内を通勤経路として活用していた。早朝、梢の間を縫って玉砂利を踏みしめて歩く時間は、私にとって悠久のときの流れに身を浸す、たいへん贅沢な時間であった。何も考えず、心を空っぽにして歩いていたことを思い出す。今から20年前のことである。

今回は、少々現実の世界で歩いて来た。

参道の途中に、葡萄酒樽が奉納されているのを発見した。清酒が奉納されていたのは記憶にあるが、葡萄酒もあったかな?近寄って見ると、フランスのブルゴーニュ地方の有名なシャトーからの奉納品であった。全部で16樽ほどあったろうか。樽の感じは新しかった。清酒の菰樽(こもだる)も含め、毎年奉納され直されているのであろうか。とすると、中味はどうしているのだろう・・・。不謹慎な発言をしてしまった。

休憩所もきれいに建て替えられており、びっくりした。時々昼休みにうどんを食べに来ていたが、まったく様変わりのレストランとなっていた。

本殿で参拝した。ところが、2礼2拍手1礼を、逆にしてしまった。2拍手2礼1拍手。拍手と礼を入れ替えてしまったのだ。後の1拍手で、何かおかしいと気が付いたが後の祭り。まあいいかと、それで終わりにした。しかし、私の様子をビデオに撮っている人がいた。フランス人の観光客である。これでまた、誤った日本の文化が記録されたことになった。

神社へ行くと、不思議と自分が日本人であったことを思い出す。いい意味で、原点回帰して自分を日本人として見直すには、たまにはいい機会かもしれない。

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2007年2月 2日 (金)

国立新美術館 探訪

今日、仕事の合間に、1/21にオープンした六本木の国立新美術館へ行って来た。黒川紀章設計の建物だけあって、建物そのものが美術品になっていた。

中で「日本のメディア芸術」なるものを展示していた。

そこで、発見してしまった!

なんと、1/27に発売された1/350スケールの「宇宙戦艦ヤマト」の模型が、展示されていたのだ。それも、鉄紺色に塗装されたリアル感たっぷりの勇姿でだ。上から下から斜めから、しっかりと観察して来た。まさか、こんな所で出会えるとは、夢にも思っていなかったので、嬉しさも人一倍だった。国立新美術館も、なかなか分かっているじゃないか!

野外展示場へ行って、これまた驚いた。なんと「ランドウォーカー」がいるではないか!2足歩行の有人ロボットだ。まさに、スターウォーズの世界だ。実際に動いているところを見たかったが、今日は、ジィと立ったままだった。残念!

美術品を見に行ったつもりが、すっかりSFの世界に浸ってしまった。でも、これも新しい形の芸術であるとも言えるだろう。岡本太郎の「芸術は爆発だ。」じゃないが、魂を揺さぶるものは、すべて芸術だ。

今年は年初に、心を豊かにするために、美術館・博物館に足を向けることを決めた。国立新美術館が、その1号となった訳だ。これで打ち止めとならぬよう、心して次のおもしろそうな獲物、いや展示物を探したいと思う。

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2007年2月 1日 (木)

タイムマネジメント

仕事の関係もあって、タイムマネジメント関係の図書を、最近2冊ほど読んだ。読んでいるうちに、タイムマネジメントの本質が分かって来た。

タイムマネジメントをそのまま訳すと、「時間管理法」となる。でも、本質を表わすとなると、これでは足りない。「時間による仕事の管理法」が、正しい理解につながるようだ。

仕事の質を上げることが目的であって、時間コントロールは、それを実現するための手段に過ぎないという理解だ。つまり、「○○時にこの仕事を始める。」ではなく、「この仕事を○○時に開始し1時間で終了する。」というように、仕事を中心に時間のあり方を考えるということだ。

言葉を変えると、「時間という経営資源の有効活用を図り、付加価値を最大限にする」ということになるのかもしれない。

私の今までの経験から、一口で時間の有効活用策を述べよと言われたら、迷うことなく「先手必勝」と答える。

どんな仕事でも、入ってきたら、すぐに少しだけ着手する。そうすれば、その仕事の難易度が把握できるので、重要度の高い仕事を中心に、全体の組み立てがし易くなる。また、頭出しが出来ているので、隙間時間ができた場合、その他の仕事を、すぐにその隙間時間に続行することが出来、時間を活かすことができるのである。

まあ、こうやって書いていくと、本が一冊仕上がるかもしれない。時間の活用法は、人それぞれの考えと工夫があると思うので、それこそ、100人いたら、100冊の本が出来上がるだろう。それを証明するかのように、書店には、何十冊というタイムマネジメント関係の本が並んでいた。

タイムマネジメントを、一生の長さで考えた場合、これがキャリアデザインになるのかなと思った。「一生を掛けて、自分の納得のいく人生を育む。」ということになるのだろうか。いずれにしても、悔いがなかったと、笑って昇天したいものである。

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