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2008年5月19日 (月)

メンター再考

昨日のCDA勉強会で、メンター制度のことについて話し合った。

メンターとは、いろいろ定義されているが、要するに「相手の成長を心から支援する人」
と広く捉えるのがいいと思っている。

語源は、ギリシャ神話に登場するメントールなる人物に由来する。
この人物は、トロイ戦争で有名なオデッセウス王の親友であり、オデッセウスが
戦場へ出掛けて留守中に、将来の王位継承者である息子テレマコスをそれに
相応しい人物に教育した人だ。
帝王学だけでなく、人格的成長も促したという。

メンタリングによく似たことばに、カウンセリング、コーチング、コンサルティングが
あるが、メンタリングは相手と場合に応じて、カウンセリング、コーチング、
コンサルティングを使い分けする技術を指していうこともある。

こうなると、メンターが行うメンタリングは、たいへん奥の深いものである
ことが分かる。

会社で、メンター本来の意味でのメンター制度を導入することは不可能だろう。
人格的にも優れ、心から部下の成長を願っている人とは、社内で出会ったことがない。
大体このような人は、狭い組織の中にはいない気がする。

私には、素晴らしいメンターがいるが、やはり組織外の方だった。

メンターとは、メンティー(メンターを受ける人)がメンターと認めた人しか、
その役割を果せないと思う。

「まずメンティーありき」なのである。

メンターとしての役割が果せるリーダー教育ももちろん必要だと思う。
なかなか難しいとは思うが。

しかし、それ以上に、自己を客観的に分析でき、メンターに自分の考えを
しっかり述べられるメンティ教育の方が大事な気がする。
メンターを頼り教えてもらうというスタンスでは、小学生と変わりない。
プロのビジネスマンとしての自覚を促したいところである。

メンターには、次の言葉が似合う。
「与えよ、さらば与えられん。」

メンティには、次の言葉が似合う。
「求めよ、さらば与えられん。」

つまり、お互いに心から求め合う関係にならなければ、メンター関係は
成り立たないのではないか。

会社は、よくその辺を見極めた方がいいかもしれない。
ブラザー制度やシスター制度、エルダー制度という言葉だけが先行している
気がする。

取ってつけたような制度は、百害あって一利なしなのである。

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