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2009年5月30日 (土)

久し振りのスタートレック

昨日から「スタートレック」の上映が始まった。

スタートレックは1960年代から続いているアメリカの人気テレビ
スペースアドベンチャー番組だが、これまで何回もリニューアルされ
映画化もされて来た。

小学生の時からのファンで、一度応募して初代USSエンタープライズ号の
プラモデルをもらったこともある。

久し振りに見たくなったので、時間を作り朝一番で出掛けた。

若きカーク青年の船長になるまでの破天荒な行動ぶりが新鮮だった。
テレビに出てくるカーク船長はまさに優等生。
でも、ここでのカーク青年はどちらかと言うと劣等生。
でも、勝負強さと度胸は、やはり天下一品だった。

おもしろい設定になっていたのが、バルカン星人のスポックだ。
父がバルカン星人、母が地球人というハーフの設定だった。
普通は冷静でクールだが、母を侮辱された時に感情むき出しにして
怒りをぶつけるスポックは、どこか悲しげで親近感が持てた。

アイデアにも驚いた。
赤色物質という、ブラックホールを作りだす物質が登場した。
スプーン一杯分を星のコアに送り込み反応させると、
一瞬にして星が飲み込まれるという怖い代物。

SFの醍醐味は、こういう奇抜なアイデアと出会えることだ。

「ムーンスペース」というSFで、ブラックホールの反対の
ホワイトホールという考え方と出会ったときも驚いた。

確かに逆もあり得る話だよなと。

この若きカーク船長とスポック副船長の成長を、続編として
見たいものである。

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2009年5月28日 (木)

スパゲティダン

今日午前中、東京で打ち合わせがあったのだが、少し早目に
終わったため、目黒へ行くことにした。

前から行きたいと思っていた東京都庭園美術館に行くためだ。

東京都庭園美術館は、朝香官邸として建設された建物だが、
建物そのものが美術品のような雰囲気を持っている。
アール・デコ様式を今に伝える建具が多く、まさに気品あふれる
美術館となっている。

真っ赤なバラをアクセントにした雨にぬれる芝生の庭園が、
今日はひときわ美しさを放っているようだった。

満足に浸ったその帰り道に、来るときに目に入った1軒の店の
前を通りかかった。

何となくレトロな感じのするアットホームなレストラン。
看板には「スパゲティダン」とある。

入るか迷っていると、中から「どうぞ」と声をかけられた。
声をかけて頂いたのは、気品あふれるやはりレトロな
雰囲気の奥様。

開店早々というのに、狭いお店にもう客が3人座っていた。
きっと近所の常連さんなんだろうなと思った。
気軽に奥様と話している。

「すいません、初めてなんですが、この星印のメニューが
お勧めなんですか。」
「そうです。」
「では、この「たらこイカスパゲティ」をお願いします。」

出てきたスパゲティは太めの麺で、たらこがたっぷり
からまっていた。
トッピングは細切れのノリだ。

入っていた器は、木製のサラダボールのような形をしていた。
そしてなぜかタクワン2切れが添えてあった。

かなり和風だ。
さっぱりしてうまい。

天上を見上げると、神輿とハッピの写真が祭り提灯ともに
飾ってあった。

これはもう、完璧なジャパニーズスパゲティの店だ!

カウンターの中を見ると、コックというより親父さんと言った
方が似合う方がノリをつまんでいた。

横の壁を見ると、「王様のブランチ」をはじめ、テレビで何回も
紹介されたとあった。

たまたま通った裏通りで出会った店。
この偶然が何とも言えない。

今度は、どんな店と出会えるか楽しみだ。

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2009年5月27日 (水)

ユニクロポロシャツゲット

先日、久し振りに近所のユニクロへ出向いた。

ポロシャツが欲しかったからだ。

行ってみて、驚いた。
何十種類ものカラーバリエーションのポロシャツが揃っていた。
いつもながら、すごい品揃えだ。

少し離れた所から全棚を見渡し、原色系にするか中間色系に
するか、はたまたパステル風にするか、迷うこと10分。

今回はこれで行こうと決めたのが、イエロー、レッド、ブラックだった。

何のことはない、ドイツの国旗だ。
思わず自分で苦笑いしてしまった。

と同時にあることに気づいた。
この配色は、いつか好んだ配色だったと。

帰宅して手帳を見て分かった。
これらは、20代の時に好きな色だった。

20代:赤、黄、黒
30代:赤、黄、緑
40代:ゴールド、緑、茶
50代:オレンジ、黒、ピンク

色はその時の心理状態を表わすと聞いている。

赤、黄、黒の原色3つが何を表わしているかは知らないが、
気分だけは若返ったということだろうか。

確かに49歳までは会社勤めだったが、50歳で独立した。
その後数年を経て、さらに精神エネルギーが充実して来た
ということだろうか。

逆に言うと、これらの色に負けないだけのパワーを
身に付ける必要があるということになる。

これらのポロシャツを、ロッカーに仕舞い込むことなく、
胸を張ってカッコよく着こなせることを目指したい。

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2009年5月26日 (火)

お役目終了

5/23(土)に、中小企業診断協会東京支部中央支会の総会があった。

この席上で、任期満了に伴い常任理事総務部長の責を返上することとなった。

思えば、2000年に診断士試験に合格してからすぐに会員部の
部員となり、その後会員部長2年、総務部長2年を経てのことである。
足かけ9年の奉仕活動だった。

もっとも、すべて引くのではなく理事として在籍することとなったのだが。

常任理事4年間で、一番おもしろかった時期は、会員部長のとき
だったかかもしれない。

会員部は、本来会員同士の親睦を図ることが目的の部だったが
それだけではおもしろくないので、「遊びながら学ぶ」をコンセプトに
いろいろなイベントを実施した。

・フリー女性アナウンサーによる話し方教室とパーティー開催
・六本木ヒルズデベロッパーよる解説・探訪と京料理の夕べ
・ナムコナンジャタウン企画リーダーの裏話披露とぎょうざ食べ放題
・オープン仕立て品川水族館見学とアウトバックステーキ
・情報処理振興機構「笑力研究会」リーダーによる笑力研修と宴会 等

どれも思い出に残る楽しい企画となった。
その頃からかもしれない。
中央支会だけでなく、東京支部に属する他支会のメンバーと
交流が始まったのは。
来るものは拒まずで、診断士のご家族の参加もOKとした。

数年経った今も、フリー女性アナウンサーのOさんとは連絡し合ったり
会ったりもしている。
まさに「出会いは人を育む」である。

今後はまた場面を変えて、おもしろい企画を考えて行きたい。

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2009年5月25日 (月)

渋沢史料館

時間が出来たら、できるだけ美術館や博物館へ行くようにしている。
感性を高めるためにだ。
昨日も、ジムへ行く前に王子の飛鳥山へ行って来た。

目的は、「紙の博物館」だった。
だが、行ってみたら飛鳥山には3つの博物館があった。
この意外性が何とも言えない。

3つの博物館とは、「紙の博物館」「北区飛鳥山博物館」「渋沢史料館」だ。
ここに渋沢栄一の資料館があったことは行くまで知らなかった。
パンフレットによると、旧渋沢邸は、この飛鳥山公園にの一角にあった
とのこと。

さっそく三館共通券という券が発売されていたので購入し
全部見ることにした。

それぞれ特徴があり、興味深い展示がしてあった。

しかし、一番秀逸だったのは、渋沢栄一氏の肉声が
聴けたことだ。
レコードに収録された「道徳経済合一説」。
少し高めの声で、熱心に語ることばが印象的だった。

渋沢栄一と言えば、明治維新以降日本の資本主義の
浸透に尽くした方だ。
だから「日本資本主義の父」と言われている。
設立等に関係した会社は、500に上るとされているから
凄いものだ。

邸宅跡が庭園になっていたため、こちらも散策して来た。
現在は、洋室茶室である「晩香蘆(ばんこうろ)」と
書庫である「青淵文庫(せいえんぶんこ)」だけが残っていた。

従来はここに、いくつもの建屋が点在していたとのこと。
庭園の四季を楽しみつつ、建屋を巡りながら日本の将来を
展望していたのではないだろうか。
まさに、風情と余裕を感じさせるたたずまいだった。

小雨が降る中、歴史の証人である飛鳥山を後にした。

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2009年5月24日 (日)

最高の人生の見つけかた

昨日、ある方の「出版記念トークショー&サイン会」へ出向いた。
同じく昨日は、私の属しているある組織の年次総会があったのだが、
総会終了後、懇親会までの間を縫って駆け付けた。

ある方とは、ヤスケンさんこと、安憲二郎のこと。
茨城(いばらき)県出身の34歳の方だ。

出向くことになったきっかけは、マイミクのつぐさんの
mixi上での呼びかけに応えたかったのと、好奇心の塊である
私の本能がごそごそと動き始めた結果だ。
何せ、発売後5年経過してからの出版記念会は前代未聞だ。

内容は、とてもおもしろかった。
巧妙な語り口の中に、いろいろな気づきを与えることばが
散りばめられていた。

「私は、本心、ベスト、感謝を大事に思っています。」
「自分を認め、許して、感謝する、この考え方は如何でしょうか。」
「なってはいけないという前提を一度取り払うことです。」
「どんな状況になっても、変える方法は必ず1個ある。
それを信じて下さい。」
「納得できなくても、まずやってみる。」

進行役の団長も、おもしろいことを言っていた。

「ゴールに向かって歩くのは地引網を腰につけて歩いているのと同じ。
知らぬ間に網にいろいろなものが入っている。」

1時間半が、あっという間に過ぎ去った。

『自分を信じて行動すること』

これはまったく同感だ。
しかし、ヤスケンさんと私の間にある違いにも気づいた。
ヤスケンさんには迷いがない。
私には、迷いがある。
いや、正確には「迷い」を楽しんでいる自分を楽しんでいるのだが。

目指すものは決まっている。
しかし、一気に到達したのではおもしろくない。
思いっきり回り道をして、その過程で未知のものに出会いたい。

今までにも数々の門を開いて来た。
しかし、ひとつ門を開くと、その先にはまた広大な世界が広がっている。

いつしかこう思うようになった。
「門を開くことが目的ではなく、広大な世界を旅することが目的なのだ。」と

実は、こういう自分に絶対の自信を持っている。
以前はその自信を形にすることに拘っていたが、今は全然思っていない。
逆に脱力状態を目指している。

内省を深めた有意義な1時間半だった。

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2009年5月17日 (日)

三社祭本祭一宮

今日、CDA勉強会の後、出張に出かける間隙塗って
再び浅草へ足を向けた。

三社祭本祭を一目見たいと思ったからだ。
今日が最終日のクライマックスに当たる。

夕方着いてまずは浅草中店でハッピの下に忍ばせるポシェット
財布を買おうと仲見世通りを急いだ。
昨日、つぐさんがしているのを見て、欲しくなったのだ。

そうしたら、そのつぐさんから電話が入った。

「今どこにいるんでか。」
「浅草だよ。」
「えっ、浅草に来ているんですか!」

ということで、19時間ぶりの再会となった。

つぐさんは一宮を担ぐためのハッピを着ていた。
このハッピがなかなか手に入らないとのこと。
特に今年の一宮の神輿は、二宮や三宮と格が違い担ぎ手の
羨望の的だそうだ。

目の前で、一宮をある町の担ぎ手から別の町の担ぎ手に
引き渡す場面を見た。
えらい声を上げてたいへんな盛り上がりようだった。
これが江戸の祭りか!というたいへんな迫力だった。

出張時間が迫って来たので、つぐさんの一宮を担ぐ勇姿を見る
ことは出来なかった。
これだけが今日の心残りだった。

今日も奥様やお母様に会うことが出来た。
嬉しかった。

出張先へ向う列車の中で、あつあつの木村屋の人形焼を
食べながら、つくづくと思った。
日本人に生まれてよかったと。

私のスーツの下で、胸にかけたポシェットが揺れていた。

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三社祭神輿担ぎばんざい!

昨日、浅草三社祭の一環として行われた入谷町のお祭りで
念願の神輿を担いで来た。

まさに下町江戸文化の真髄ここにあり!という雰囲気で
素晴らしい体験をさせてもらった。

しかし、誰でも担げる訳ではない。
町内会の方の推薦がないと担げないのだ。

私の場合は、マイミクのつぐさんにお世話になった。
入谷育ちに生粋の江戸っ子だ。

最初は少しとまどい気味だったが、すぐに慣れた。
「ワッセ、ワッセ」のかけ声を出す度に、その世界に
引きずり込まれていった。

「大丈夫ですか。」
「何とか。」
「担ぎ棒に肩を密着させるといいですよ。」

担いでいる最中も、つぐさんから温かい助言を頂いた。

クライマックスは最後にやって来た。

神輿の終着地点についたのだが、そこで何度も前進後進を
繰り返し、押しては返す波のように神輿が踊った。

そのとき一体何人の人が神輿を担いでいたのだろう。
全員の息があって、まさに頂点に達したかのようだった。
コンサートのアンコールを10回以上やったような感激。

でも、素晴らしかったのは、神輿だけではない。

つぐさんの奥様やお母様、お姉様にもたいへんお世話になった。
子どもたちの笑顔も素晴らしかった。

まさに日本人の「おもてなしの心」ここに健在なりを実感させて
頂いた。

本当に人は出会いだな。
改めてその出会いに感謝した思いでいっぱいだった。

つぐさん、ありがとう。
また来年もお願いします。

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2009年5月15日 (金)

ゴルゴ13

一昨日、前泊のためホテルに少し早めに向かった。

いつもはギリギリまで自宅で準備しているのだが、今回は
翌日の仕事が昨年とほぼ同様の内容だったので、気持ちに
余裕があったのだ。

現地につき、夕食を買いに入ったコンビニでブラブラしていると、
ふと目に止まった本があった。

「ゴルゴ13」

懐かしいさがよみがえって来た。
20年位前、全巻買い揃えて読みふけった劇画だ。
もっともその後の相次ぐ転居で、古本屋へ持って行かざるを
得なくなったが。

さっそく1冊購入して、ホテルのベッドで横になりながら読んだ。

やっぱり凄いやつだ。
ゴルゴ13はもちろん、その著者のさいとうたかお氏がだ。
よくここまで、現実味豊かなフィクションを描けるものだ。

公開されている情報だけで書いているということだが、
世界の政治・経済・社会の裏表を知り尽くしていないと
なかなかあそこまで迫真の劇画は描けないのではないだろうか。
凄い情報収集能力と言わざるを得ない。

今回読んでいておもしろい発見をした。

ゴルゴ13がギランバレー症候群(多発性神経炎)という持病を
持っていることは知っていたが、スイスナショナル銀行の
口座番号までは知らなかった。

その口座番号は、「F5 R6 I5 D1 A3 XY」とのこと。

数字だけ引き出すと56513となる。
声に出して読むと、ゴルゴサーティーン。
よく出来ているではないか。

久し振りに展開の鋭さとお色気に堪能した。

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2009年5月13日 (水)

なぜモチベーションが上がらないのか

「なぜモチベーションが上がらないのか」

これは、児玉光雄氏が著した本の題名である。

一度読んだ本だったが、本棚を眺めていたら「再度読んでみたら」と
背表紙が語りかけて来た。

このところ、不況の影響等で仕事が延期になるケースが増えて
来たため、少しモチベーションダウンしていた気持ちを
読まれたのかもしれない。

しかし、再読はいいものだ。
まだこんなに、宝の山があったのか。
新たな驚きにうれしさ百倍。
だいだいいろのマーカーをイエローマーカーのうえに
引きまくった。

「結果に一喜一憂せず、悪い結果が出たからといって、 すぐに挫折しない。」
「むしろ、その中に、成功へのヒントを見つけられるかどうかの方が重要なのだ。」

そのとおりだが、ヒントが見つからないので苦労しているのだ。

「ちょっと意識を変えて、行動に工夫を加えれば、高いモチベーションを
持続させることが可能となる。」

その工夫とは、一体何なのだ。

児玉氏によると、モチベーションは次の6要素で構成されているとのこと。
① 才能・特技
② ビジョン・目標
③ 内的モチベーション
④ 外的モチベーション
⑤ 人間関係
⑥ 環境設定

モチベーションが高まらない原因は、このどこかに潜んでいる。
それを治療や矯正すれば施せるとのこと。

以下①から⑥別に章立てて、いろいろなヒントが書かれている。

このなかで、今回最も印象に残ったことばがこれだ。

「完璧さを求めない。」

なるほど。
楽に考えればいい訳ね。

分かっているけど、視野狭窄になっている自分に改めて
気づかされた。

本って、本当にいいですね。

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2009年5月10日 (日)

ヨガ初体験

ジムには足しげく通っているが、実はヨガには参加したことがなかった。

運動量の割に時間が長く、時間を見ながら体を動かしている私にとっては
少しサイクルが違うメニューと感じていたからだ。

しかし、今日は違った。

ボデー&ソウルのつぐさんとクリアナ嬢の強力ペアの主催となったら
参加しない訳には行かない。
単なるジムでのトレーニングとは違う。
新たな境地を求めて、昨日のつぐさんの呼びかけに応え参加した。

結果は、とても心身ともに充実した一日となった。

クリアナさんのヨガは、包み込むようなやさしい空気に満ち溢れた
素晴らしい内容だった。
いろいろな呼吸法やポーズも気持ち良かったが、やはり進め手の
存在は大きい。
間のおき方や進め方等もゆったりし、いつの間にか時間が経つ
のを忘れてしまう程だった。

会館でのヨガのあと、野川公園に行って皆で草原のうえで昼食を
取ったのだが、これも気持ちよかった。

太陽の下で、風に吹かれながらのんびり過ごしたのは、
いつ以来だろうか。
木漏れ日が目にしみ入り、上空を飛ぶセスナ機の爆音さえ
心地よい羽音に聞こえた。

今日もまた、いろいろな方と出会えた。

やはり行動あるのみだ。
リラックスすると共に、また活力がみなぎって来た。

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2009年5月 9日 (土)

「おっぱいバレー」から学ぶもの

今日、別居している次女が帰って来るというので、映画に誘ってみた。

チケット代を私が負担することとなったが、まあ安月給の
一人暮らしだから、やむを得ないだろう。

観た映画は、シネマ通のコンサルタントの師匠から
「一度みるといいよ」と言われていた「おっぱいバレー」だ。

綾瀬はるかが演じる新任国語教師が、弱小男子バレー部の
顧問となり、一勝したらおっぱいを見せるという約束の下、
奮起を促すというストーリー。

本当にあった話らしいが、思い切った約束をしたものだ。
でも、泣かせたのは本筋の方ではなく、サイドストーリーの方だった。

なぜ彼女が国語教師となったか。

中学校時代に話しが遡るが、彼女が友人に誘われ万引きを
したことがあった。

そのときに学校で一人で自習という謹慎処分を受けたのだが
その際、指導をしてくれた恩師との心の触れ合いがきっかけ
となったのだ。

生徒にどのように接するか。
生徒は一様ではない。
それぞれに合った接し方がある。
そのため、先生は人知れず悩むし周りから見たらどうかと思う
方法もあえて選ばざるを得ない場合もある。

恩師の方の場合は、それが「忘れ物の本だ」と偽って気軽に
読ませた自習のための本だった。
結局はその本の内容に、彼女は勇気づけられることになる。
その本の名は高村光太郎の「道程」。

先生としての彼女の場合は、それが「おっぱいを見せる」という
ことに結果的になってしまったのかもしれない。

彼女は、そのことがばれて学校を首になってしまった。

しかし、生徒たちに彼女の体当たりの指導や気持ちは
十分に伝わっていた。

自分の信じるスタイルを貫くこと。

この重要性を、改めて学んだ。

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2009年5月 8日 (金)

ガラスのエース

「ガラスのエース」と呼ばれた投手がいた。

そう、楽天イーグルの岩隈投手だ。

私がその岩隈投手の存在を意識したのはWBCの試合の
時だった。

野球はそんなに夢中になる方ではないが、この岩隈投手を
画面で来た時、何か他の野球選手とは違う魅力を感じた。

柔和な顔立ちとやさしい笑顔、しかし勝負していく力強さ。
この一見アンバランスの関係が、彼の中でどう両立しているのか。
それを知りたかった。

今日、日経新聞の書籍広告を見ていたら、「絆」という文字が
目に入った。
著者を見ると。岩隈久志とあった。
岩隈投手ではないか。

これは彼を知るいいチャンスだと思い、さっそく買って
購読した。

なるほどと思った。
07年の逆境を乗り越えるときに、一皮むけたのだ。

いろいろな絆に支えられていることに気づいたのだ。
中でも家族、特に奥様の存在が大きかったようだ。

奥様はもともと保育士を目指していたとのこと。
だから、人の気持ちを察することに長けていた。
そのため、奥様の彼を想う言葉に何度も助けられたようだ。
岩隈選手の傍に内助の功があったという訳だ。

08年に彼は社会貢献に顕著だった野球選手に贈られる
ゴールデンスピリット賞を受賞している。
これも奥様の影響が大きかったと思われる。

しかし、奥様を始め周りの人たちの心を受け止める岩隈選手
の心が、純で偽りのないものであったことが一番の要因だろう。

「勝利とは恩返しである。」

あるマスコミのインタビューに答えた彼の応えた言葉だ。
この言葉は、なかなか出て来ないだろう。
まさに自他の精神だ。

彼が今後、どんな野球人生を歩んでいくのか。
いや、どんな人生を奥様と共に切り拓いていくのか、
大いに楽しみである。

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2009年5月 7日 (木)

祭り衣装ゲット

「はんだこをはいたことありますか。」
「はんだこって何ですか。」

この会話から始まった。

昨日、マイミクのつぐさんに付き添われ、浅草の祭り用品専門店
である浅草中屋さんへ祭り衣装一式を購入しに行ったのだ。

はいてみて分かった。
はんだことは、祭用のパンツだった。
字で書くと半股引となる。

それ以外にも、鯉口シャツと地下足袋も買った。
つぐさんの見立てで、全部白で統一した。
柄物より、やっぱりこれが一番カッコいいとのこと。

店の元お姉さんと、ゲラゲラ笑いながらの購入となった。

「地下足袋は少し大きい方がいいよ。腫れるから。」
「え、腫れるって、蹴り合うからですか。」
「あはは、神輿を担いていると血が下に行くんだよ。」
「あっ、そういうこと。」

神輿と言えば、私にはけんか神輿のイメージしかないのだ。
何せ、私の育った兵庫県播磨地方では、そればかりだった。

「三社祭のときに神輿担ぐなんて、一生に一度あるかないかだよね。」
「貴重な経験になりますね。」
「ありがとう、声掛けてくれて、つぐさん。」

後は、体を鍛えておくのみだ。
いや、オーバーワーク気味の私には、整えておく方が
大事かもしれないが。

帰りにあつあつの人形焼きをお土産気に買った。

今から、熱い祭りが楽しみだ。

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2009年5月 6日 (水)

レッスン三昧

私の通っているフィットネスクラブで、毎年連休にイベントレッスンを
実施するのが恒例となっている。

昨日はウエイトトレーニングをお休みして、レッスンに興じた。

出たレッスンは以下のとおり。
・ローインパクト&ストレッチ
・ボクシングエクササイズ
・ボールエクササイズ
・ビューティーウォーク
・お腹シェイプ

10:30から16:00まで、昼食も取らずにひたすら動いた。

実はこのところ、オーバートレーニング気味で
左腕や右腰に痛みが残っていた。

適度の刺激を与え血流をよくするには、レッスンが最高だ。
「積極的休養」というやつだ。

ローインパクト&ストレッチは、ベテランのNさんのレッスン。
テンポのいいリズムに無理なく動けた。

ボクシングエクササイズは、マダムキラーEさんのレッスン。
エネルギー全開のEさんの動きは、いつ見てもカッコいい。

ボールエクササイズは、イケメンスーパートレーナーSさんのレッスン。
体育会ののりで結構筋肉に効いた。でも楽しかった。

ビューティーウォークは、外部の方で元モデルのCさんのレッスン。
少し恥ずかしながらも、最後にポーズを取って決めてみた。

お腹シェイプは、新人のKさんのレッスン。
朴とつで素朴な指導が何とも言えない。がんばれよ新人!

5回終わったら、さすがに疲れた。
ジャクジーで体を休め、その後サロンでくつろいだ。
そして、そのサロンで食べたパンケーキが最高にうまかった。

心身が覚醒したのか、その後持参した本がすらすら読めた。

とにかく、私にとってH倶楽部の効用は計り知れない。
だから実に、片道1時間半かけて通っているのである。

連休最終日の今日も、余裕が出来たら行くこととしたい。

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2009年5月 5日 (火)

ジェントリーコート

4/3(日)にハアイアン・レストランで食事をした後、
長女の婚礼衣裳合わせに同行した。

私の目的は、私自身の衣裳合わせだ。

タキシードが着たくて、予め連絡して用意しておいてもらったのだ。

「お父様、普通はモーニングとなっていますが如何なさいますか。」
「タキシードでお願いします。」
「先方との釣り合いもあるかと思いますが。」
「タキシードでお願い致します。」

ということで、まずタキシードを試着した。

我ながらよく似合っていたが、ふと不安がよぎった。

「あの、会場の方と間違われないでしょうか。」
「それは大丈夫だと思います。」

一度、似たようなカッコをしていて、間違われたことが
あったのだ。

「お父さん、やっぱりモーニングの方がいいよ。」
「いや、タキシードだ。」

そのとき、案内の方がこう切り出した。

「お父様、モーニングの古い形が気に入っていらっしゃらない
のではないでしょうか。」
「モーニングを現代風にアレンジしたものがございます。」
「これです。ジェントリーコートと言います。」

どこかでみたことあるぞ。
そうだ、アカデミー賞授与式で、カールセーガンが来ていたものだ!

着てみたら、さらにカッコいい。

「これでお願いします。」

タキシードに未練を残しつつも、今回はこれに決めることにした。

タキシードは、次女のときに残しておこう。
いつになるかはわからないが。

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2009年5月 4日 (月)

ハワイアン・レストラン

JR大宮駅にあるルミネ2の2階にハワイアン・レストランがある。

「Lanai」という店だが、日本語ではテラスという意味になるそうだ。

その名のとおり、広いテラスを持った解放的な素敵なレストランだった。

実は昨日、長女が婚礼衣裳合わせで大宮に来たのだが、
その前に妻も含め3人で、ここで昼食を取ったのだ。

ココナッツ・モチコチキンカレーを食べたのだが、ココナッツクリーム
がスパイシーなカレーをマイルドに仕立て、味わい深いカレー
となっていた。

量もほどほどで、ちょうど良かった。

「そう言えば、お前のお陰で家族でハワイに行きそびれたな。」
「悪かったわね。」

14年前、以前勤めていた会社で1か月のステップホリデーが
もらえた時、家族でハワイ島へ行く予定になっていた。
本物のイルカと遊ぶためにである。

ところが直前で長女が腸炎になり、旅行がパーとなってしまったのだ。
直前だったので、手付金も戻って来なかった。

「ハワイに行った気分で、デザートのアイスも頼むか。」
「ワイキキスタイル・チョコミントがいい。」
「了解。ストロベリーも注文しよう。」

昨日は天気もよく、気分が良かった。

このあとの衣裳合わせが楽しみだ。
やっと、あこがれのタキシードが着れるのだ。
そう、私の衣裳合わせもあったのだ。

この話しは、また後で。

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2009年5月 3日 (日)

世界でただひとつの寄生虫の博物館

世界でただひとつの寄生虫の博物館が目黒にある。

その名は「財団法人目黒寄生虫館」

次女がS大学理学部生体制御学科に在学していたとき、
娘を通して初めて知った博物館だ。

そのときは気持ち悪い所だと思ってたが、何となく
頭に残っていた。

ジムが広尾にあるため、昨日思い切って目黒に
寄ってみた。

「すごい所だな。」
「一口に寄生虫と言っても、いろいろいるな。」
「でも、やはり気持ち悪い。」

これが偽らざる印象だった。

印象に残った人体への寄生虫は以下の通りだ。
① バンクロフト糸状虫
② 回虫
③ 日本海裂頭条虫(さなだ虫)

さなだ虫は、8.8mもの体長を持っている。
腸に寄生するが自覚症状はほとんどないというから怖い。
マスから感染するそうだ。

最近、また寄生虫被害が増えて来ているともあった。
自然食品やペットがその原因らしい。
我が家も要注意だ。

しかし、たくさんの人が来ていた。
子供たち、老夫婦、家族、若いペアもいた。
やはり怖いもの見たさだろうか。
でも、目を背けることなく真実を知ることは、いい事である。

記念にさなだ虫の絵ハガキを買って来た。
隣にいた若い女性が「回虫を封じ込めたストラップありますか」
と聞いていたのには、再度驚いたが。

出口に寄付箱があったので、私には珍しく持っていた
小銭をすべて入れて来た。

何しろ、世界ででただひとつの寄生虫の博物館だ。
今後も貴重な資料の展示をお願いしたい。

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2009年5月 2日 (土)

山本"KID"徳郁という男

昨日の朝日新聞を見ていたら、自信満々の丸刈りの
青年の写真が目に飛び込んで来た。

その写真の見出しがこうだった。

「どんなにたいそうな仕事をしていたって、楽しいって思えなきゃ
ダメでしょ。」

その青年の名は、山本"KID"徳郁。
総合格闘家だ。

ミュンヘン五輪に出場したレスリング山本郁榮選手の長男だ。
美人姉妹の姉・美憂、妹・聖子を持ち、父を「格闘の神」と自負する。
だから自分を「KID(神の子)」と自称している。

テレビで見たこともあるが、最近には珍しい鼻っ柱の強い青年だ。

新聞の記事も奮っていた。

「負けるってことは、まだ強くなれる余地があるってこと。」
「よし、こいつらの3倍練習するぞって。」
「こんなに練習したら、どんだけ自分は強くなっちゃうんだ、
なんてワクワクしてきちゃって(笑)。」

「続けることに疑問を感じたり、ほかの仕事をしようと思った
ことは今まで一切ない。」
「好きなんです。理由はそれだけ。」

「好きなことがあるって、それだけで才能だと思う。」
「好きって気持ちがあれば、逆に壁だってなんだって
乗り越えられるでしょ。」

「出会い。人を変えるのは出会いですよ。」
「でも、巡り合いって外に出て行かないと生まれないよね。」

やはり、ひとつのことに打ち込んで来た者特有の強さ
を感じる。

しかし、粗野な印象も強い。

どこまで心身をバランスよく鍛え上げることができるかだろう。
でないと、単なる暴れん坊で終わってしまう。

だが、魅力的な青年であることには違いない。
自分の信じる道を、ひたすら歩んで欲しいと思う。

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2009年5月 1日 (金)

ムーミンの世界

昨日、ムーミン谷に行って来た。

大丸ミュージアムで日本・フィンランド修交90周年を記念して
タンペレ市美術館・ムーミン谷博物館所蔵の作品の数々が
披露されているが、それを見て来たのだ。

ムーミンには、今まであまり親しんではいなかったが、
一方で興味もあった。
ほのかで温かい雰囲気の元が知りたかったのだ。

主人公のムーミントロールに、いろいろな仲間がたくさん
いることを初めて知った。

パパ、ママやスナツキンは知っていたが、ニョロニョロは
知らなかった。
帯電した白い棒状の小さなお化けである。
無機質で他愛もない存在だが、何か印象的。
ムーミン一家の持つ雰囲気と対極にあるからかもしれない。

ムーミン一家が、いろいろ旅していたことも知らなかった。

さまざまが出来事が旅の途中で起こり、葛藤や困難の中
家族の絆が強くなっていく。

ただ、ほんわかしているだけではなかったのだ。

なるほど、これが世界中で愛されている理由かもしれない。
温かさ、知恵、ユーモア、冒険心これらが北欧の神秘さ
とマッチしながら独特の幻想の世界を作り上げている。

作者のトーベ・マリカ・ヤンソンは、14歳の時から雑誌の
挿絵としてムーミンを書き始めたとのこと。

自分の夢を描いていたのかもしれない。

また一味違った世界を堪能させてもらった。

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