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2009年11月19日 (木)

鉄人28号

091119111758_2今日、大阪へ出張した際、少し足を延ばして新長田まで出向いて来た。
鉄人28号に会うためである。

新長田といえば、阪神神戸大震災で甚大な被害を受けた地域。
その地に、かの鉄人28号が復興の証としてお出ましになったのだ。

JR新長田駅から歩いてすぐの若松公園に、凛々しい姿で立っていた。

「す、すごい・・・。」

思わず声を失った。
そして胸に熱いものが込み上げて来た。

思えば我々の年代は、鉄腕アトムと鉄人28号に育てられた。

鋼鉄の体に明晰な頭脳、そして温かいハート。
まさにそれが「強さ」の象徴だった。
今もその想いは、胸の中で活き続けている。

舐めるように写真を撮った。
高さ18mというから6階建てのビルに相当する。
なかなか画面の中に入り切れない。

重さは50トン。
それを2脚で支えている。

足元で遊んでいる幼稚園児たちが、豆粒のようだった。

逆境に耐える鍛えた体
先を読む頭脳
他者を思いやるハート

鉄人28号に会い、改めて目指す姿を確認することが出来た。

やはり鉄人28号は、我らのヒーローだ。

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2009年11月15日 (日)

ラミ流

長島茂雄氏が書いた「野球は人生そのものだ」が出版された。

さっそく書店に行って斜め読みをしたが、何か響いて来るものがなかった。

そのとき、ふとある本が目に留まった。
タイトルが「ラミ流」とある。

愛嬌のある顔写真から、すぐにジャイアンツのアレックス・ラミレス選手だと分かった。

野球は詳しくないが、ラミレス選手の活躍は知っていた。
そして、何よりも打撃後のパフォーマンスが楽しい選手である。

明るく振る舞い、全く厭味がない。

中南米のベネズエラ出身の選手程度の知識しかなかったため、彼の生き様が
知りたくなった。
そこでさっそく購入した。

そして分かった。
彼は心から野球を愛し、そして限りなく日本人に近い人生観を持っていると。

正確に言うと、彼はキリスト教徒であるため輪廻転生までは信じていないかも
しれないが、その博愛の精神は本物だと思った。

そして、プロとしての確固たる静かな信念を持っている。

「外国に来たのは、仕事だけが目的ではなく、自分の周囲にいる人々を認め、
よい関係を築くためだ。」

「Tomorrow is another day (明日という日があるんだよ)」

「僕は野球をビジネスと位置付けてはいるけれども、同時に僕は試合に出ること、
そしてファンと交流することを楽しんでいるんだ。」

彼のパフォーマンスも決して伊達ではないのだ。
ファン、特にちびっこファンに野球を楽しんでもらうためのサービスなのだ。

「アイーン!」
ジャイアンツマスコットのジャビットと演じる「ゲッツ!」
および「ラ・ミ・茶」

画面からフェードアウトするなど、いろいろ演出効果も狙っている。

ジャビットとは、休みの日に一緒に練習しているとあった。
大したプロ根性だ。

今年の日本シリーズでも活躍し、ジャイアンツを日本一に導いた。

将来は日本で監督になりたいとも記してあった。

苦労人でなおかつチームメイトや観客を大事にするお人柄である。
きっと、監督としても大成するだろう。
今からその日が楽しみである。

そしていつまでも、野球を「ラミ流」で我々に楽しませて欲しいと思う。

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2009年11月12日 (木)

菊池雄星投手

11/10(火)の朝日新聞に、花巻東高校の菊池雄星投手のインタビュー記事が
掲載されていた。

試合は見たことがない。
しかし、甲子園での試合後のテレビインタビューに答える菊池選手を見て、
前から興味を持っていた。
実にしっかりとした受け答えをしていたからだ。

今回のインタビュー記事も、その芯の強さを裏付けていた。

=日本を選んだ理由は=
「悩んでいるうちに、どんな形ならあらゆる人に納得して応援してもらえるかを考えた。」
「米国を選んだとき、自分の価値観が変わるのが嫌だと気づいた。」

=今、米国への思いは=
「ない。日本一の投手になると決めた以上、それしか頭にない。」
「米国のことを考えると、すべてが中途半端になる。」

=日本一の投手とは=
「愛される投手。」
「あいつに負けたならいい、と思われる投手。」
「相手ファンから「負けたけど、すっきりするな」と言われるのが理想。」

=同じような悩みに直面する球児にアドバイスできるとしたら=
「最後は自分の価値観で決めて欲しい。」
「自分の生き方に反していないか、哲学に反していないか。
甘い言葉などに惑わされないで決めて欲しい。」
「僕は、まったく後悔していない。」

これが18歳の若者かと思わせるような受け答えだ。

まず、自分をしっかり見据え価値の揺らぎがない。
深く物事を考え、周りへの配慮も欠かさない。
はっきりした自己目標を持っている。
そして、さわやかである。

このような若者がいることを誇りに思う。

きっと、米国のスカウトもふられたとは言いながら、惚れ直しただろう。

菊池投手の今後の成長を見守りたい。

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2009年11月11日 (水)

ななちゃん1歳になる

090822 チワワのななちゃんが、11/2で1歳となった。

我が家に来たのが12月の上旬。
もうすっかり家族の一員だ。
本当に月日の経つのは早いものである。

毎日元気いっぱいで、家中を駆け巡っている。

おかげで障子は破れ、絨毯はほじられて一部がボロボロに。
洗面所のリノリュームの床までつめでひっかかれ、裏地が出て来てしまった。

しつけはしているつもりだが、「つもり」で終わってしまっているようだ。
もっぱら世話を妻任せにしているので、責任も感じている。

しかし、しもの方はやっとシートの上で済ませるようになった。
最近はベッドの中にまで入って来て一緒に寝るようになって来たため、これは助かる。

ただ、シーツをほじほじしてドッグフードを埋めようとするのは勘弁して欲しい。
おかげで安眠確保の決め手であるマットのスリーパーズに穴が空きつつある。

これからどのような生活が待っているのか、楽しみである。

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2009年11月10日 (火)

ダウン寸前でセーフ

先週はウイルスとの戦いを強いられた。

水曜日に関係会社の営業担当との打ち合わせを行ったが、
マスクをして来たのだ。

「インフルエンザではないのでご安心下さい。」
「本当? 御社の事務所で新型インフルエンザに罹った人が出たと聞いたよ。」
「彼ならば直り、すでに元気に出社しています。」
「分かった。でも2m離れて打ち合わせをしよう。」

10月はかなりタイトな日程だった。
そのため、自分でもかなり体力を消耗していたのが分かっていたのだ。
まず疲れが出る目が痛くて仕方がなかった。

しかし、さらにまずいことが発生した。

その後(木)(金)と2日間の研修を行ったのだが、(金)に私のすぐ前の
受講者の方がマスクをして来たのだ。

「何か熱っぽくありませんか。」
「実は38度あります。子供が昨日新型に罹ったことが分かりました。
でも、私は新型ではないと思います。」

(おいおい、待ってくれよ。何で出て来たんだ。)
これは私の心の声。

事務局がストップを掛け損ねたようだ。
しかし、出て来てしまったものは仕方がない。
私が帰れとも言えないため、ここは防衛するしかないと判断した。

「受講者の皆さん、今日は2日目です。変化をつけるため席替えを
しましょう。」

ということで、その方には最前列から最後列に移って頂いた。
これは、やむを得ない措置だ。

しかし、その後体調がおかしくなって来た。
かろうじて体調を維持しつつそれでも(土)に人と合い、おまけに
ジムにも行ったが、(日)に限界が来た。

(月)から出張が入っていたため、(日)はひたすら寝て過ごした。
見かねた妻が、買い置きしていた滋養強壮のドリンク剤を出して
来てくれた。
これが利いた。

(月)の朝は、次女が以前プレゼントしてくれた漢方のカプセルを飲んだ。
効果はよく分からないが、気分がいくぶん持ち直した。

やはり疲れたときには、睡眠、栄養、そして愛情が利くようだ。

感謝、感謝の週始めであった。

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2009年11月 9日 (月)

初恋の人そっくりさんと遭遇

今日新幹線で移動中に、初恋のFさんとそっくりの女性に出会った。

いや~、一目見て驚いた。
目元がそっくりだったのだ。

その女性はIさんという客室乗務員の方。

最初の遭遇はデッキでだった。
ゴミを捨てにデッキへ行った帰りに出会ったのだ。

(どうぞお通り下さい。)
(いえ、向こうの手洗いにも行きますから先に客室に入って下さい。)
(ありがとうございます。【ニコッ】)

これらはカッコ書きで記しているように、すべて無言の会話。
以心伝心とはこのことだ!

そして最後の【ニコッ】がたまらなくかわいかった。

席に戻りワゴンを押して行く彼女の後ろ姿を見守った。
もう一度顔が見たい。

そう念じたら、先のデッキで回れ右して戻って来たではないか。
しかし、顔を見て名札を見て名前を確認していたら通り過ぎてしまった。
何ということだ!

しかし、奇跡は起こるものである。
再度、後ろのデッキで回れ右して戻って来た。

「あの、水ありますか。」
「ございます。120円です。」
「ではそれを下さい。」

代金を渡すとき、わずかだが指が触れ合った。
これはラッキー!

娘ぐらいの年恰好だったが、胸がときめくときはときめくものである。

これらは、新横浜を出てすぐの出来事だった。
そして名古屋で下車前に、再度会うことが出来た。
もちろん、また水を買った。

280cc2本で合計240円。
高い水についたが後悔はない。

しかし、この日記は妻には見せられないな。
そう思いながら降りる準備を始めた。

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2009年11月 8日 (日)

駅前自転車管理のおじさん

日頃利用している駅前に、いつも多数の自転車が駐輪されている。
ウイークデーでは、ざぁと見ても千台は下らないだろう。

それをいつも、一人のおじさんが取り締まっている。

広い上にビル陰になっているスペースもあり、全てを見通すことが出来ない。
そのため、いつももぐら叩き状態なのだ。

こちらで声を掛けてるうちに、あちらで自転車が置かれる。
あちらで声を掛けているうちに、こちらで置かれる。

最近は立っているだけで、声を掛けるのをやめてしまった。

どのような気持ちで立っているのだろう。
いらいらした様子もなく、かといって気落ちしているようでもない。
敢えて言うと、達観しているようでもある。

一度声を掛けられたことがある。

「もし、こちらは駐輪を遠慮して頂いている場所です。」
「そうですよね。」
「向こうに自転車置場があるので、よろしくお願いします。」

至って丁重な言葉使いとしぐさだった。

それ以降、ウイークデーに自転車で駅へ向かうことを控えるようになった。
しかし、土日にプライベートで出掛ける際は今でも誘惑に負けて自転車で出掛けて
しまうことがある。

実は昨日、土曜日にも関わらず、おじさんがいた。
撤去自転車の保管期間が短くなるため、アドバイス強化のための臨時当番かも
しれない。

あわてて乗って来た自転車を隠すように駐輪した。
そしてつぶやいた。

「おじさん、申し訳ない。」

自分の気持ちに打ち勝つことは、本当に難しいものだ。
改めて反省した1日だった。

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2009年11月 7日 (土)

さいたま新都心フェアリーフォレスト

さいたま新都心駅周辺の年末年始のイルミネーションが早くも始まった。

けやき広場の木々に飾られた電飾が、いやが応にも冬空の気分を盛り上げてくれる。

この広場、この時期はフェアリーフォレストと名付けられている。
まさにその名のとおり、本当に妖精が住んでいるのではないかというくらい神秘的な
雰囲気になるのだ。

例年の恒例のイベントとなっているが、毎年少しずつ変化が加えられ飽きることがない。

新宿駅新南口に続く高島屋前のウッドデッキのイルミネーションもすてきだが、
やはりけやきの木々とのコンビネーションに勝るものはないように思う。
そして、六本木の光の洪水は、私にとっては少しきらびやか過ぎる。

慎ましやかに、でもきらりと光るフェアリーフォレストがお気に入りなのだ。

昨年、MOVIXさいたま新都心のレイトショーの帰りにこの森を通った。
黒々した木陰で静かに輝くイルミネーションは、まさに映画の続きを見ているよう
でもあった。

さいたま新都心、私の愛する街である。

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2009年11月 6日 (金)

うなこちゃん像

先日、仕事の打合せのため浦和駅西口の「うなこちゃん像」の前で待ち合わせた。

うなこちゃんの像が昨年建てられたことは知っていたが、お目にかかるのは初めてだった。

西口を出ると、すぐに見つかった。

御影石で出来ている、かわいい顔をした像だった。
作者の名前が刻まれていた。
やなせたかしさんだった。
なるほどね。
アンパンマンに出てくるような、愛くるしい姿をしている。

「わー、かわいい。」
「うなこちゃんっていう名前だって。」
「うなこちゃん、好き」

像を見つけて駆けて来た小さな女の子が叫んだ。
お母さんにせがんで抱っこしてもらい、うなこちゃんをペタペタ叩き始めた。

下の台座に刻んであった説明を読んで初めて知った。
浦和がうなぎの蒲焼きの発祥の地だったことを。

何気ないところに、意外な発見があるものである。

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2009年11月 5日 (木)

キャリーバッグ+携帯

最近、駅構内でキャリーバッグを引きながら携帯電話をしている人を見かけることが
しばしばある。

混雑している中で、これをされたら堪らない。
申し訳ないが、邪魔の何物でもない。

キャリーバッグを引くと、2人分のスペースを取る。
空いているときはいいのだが、朝の足早通勤時には誰かが突っ掛からないかと
冷や冷やすることがある。

おまけに携帯電話をしていると、気持ちは遥か彼方に飛んでいる。
身近で何かが起こっても、分からないだろう。

自動車運転中の携帯電話は禁止されているが、全く同じ危うさが歩行中に
発生している。

どうしても必要な場合は、キャリーバッグのハンドルを短くして引いて欲しい。

携帯電話する際は、通路から外れ障害にならないことを確認したうえで
通話して欲しい。

これらは最早、一般的なモラルだと思うが如何だろうか。

私はある時期から、自重のあるキャリーバッグはやめ軽量なスポーツバッグを
下げて持ち運ぶようになった。

PHSはいつもマナーモードで、そのうえ留守電にセットしている。
移動にプラスして人と対面している時間が長いため、そもそも出ることが出来ないのだ。
また、ひとつひとつ出ていると、相手に振り回されてしまう。

自分のペースでタイムマネジメントをするために、あえて電話に出ないということである。
これによる機会損失は、やむを得ないと割り切っている。
全部を満たすことは出来ない。

何を取って何を控えるか、これは各人それぞれの考え方によるが、周りに迷惑になる
行為だけはお互い遠慮し合いたいものだ。

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2009年11月 4日 (水)

組織は人なり

なかなかいい本を読んだ。

「組織は人なり」

まず、とてもシンプルなタイトルだ。

著者は、東京電力技術開発研究所ヒューマンファクターグループ編
野中郁次郎氏監修となっていた。

なぜ東京電力の方々が大学教授とともに組織研究に臨んだのだろうか。
その疑問を持ちながら最後まで読み進めていった。
そしてその疑問が、最後に書かれていた「本書の経緯」で分かった。

2007年7月16日に発生した新潟県中越沖地震がその発端だった。

世界最大の原子力発電所である東京電力柏崎刈羽(かりわ)原子力発電所が震源地
からわずか23キロの至近距離にあったのだ。

設備自体に問題はなかったが、組織としての対応が後手に回ったため、
地域住民や広く国民に不安を抱かせる結果となってしまった。
何せ、核アレルギーの国民である。
初動対応のまずさが、再度、組織のあり方を問い直すきっかけとなったとのこと。

本はタイトルどおり、実に人間味にあふれた内容となっていた。

組織論というと、ともすればカタカナの連続であったり難しい概念の訳の分からない
説明でうんざりすることが多かったが、この本では一つの哲学で統一されていた。

一言でいうと、「ひとりひとりの人間がかけがえのない存在であること、組織は
その個人の想いを実現するために存在している」ということだ。

そしてその想いを実現する前提として、個人は自律的な存在として自らを
鍛える必要がある。

若干意訳も入っているかもしれないが、当たらずとも遠からずだ。

そこから組織の社会的意義や倫理観などにも触れていた。

素晴らしい知見の発表だと思う。

いつかは私も、組織や個人の関係、個人の成長について考えをまとめて
発表したいと思った。

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2009年11月 3日 (火)

二組の親子

今日、ジムに出掛けるべく最寄駅であるK駅に行った際、二組の親子に出会った。

二組とも、お父さんと小さい女の子の二人連れだった。

出会ったのは、トイレの前と中。

最初の一組は、二人で車イス用の大きなトイレに入って行った。
女の子と目が合った。
しかし、そこが場慣れしない場所だったのか、不安そうだった。

二組目は、男子トイレの中で出会った。

なんと、小便器に女の子を抱えて向かわせていたのである。
ここでも、女の子と目が合った。
照れくさそうに笑っていた。

そりゃそうだろう。
これでは、出るものも出ない。

「まだ出ないの?」

お父さんが急かしていた。
デリカシーがないとはこのことだ。

子供と言えども、人格は持っている。
どうして、大便器の方へ入らなかったのだろう。
自分と同じ感覚で考えたのだろうか。

この二人の女の子。
似たような年格好だった。
お父さんも同様だった。

これから先の成長を考えた場合、二人の女の子がどのように育っていくか想像が
つくというものである。

子供は親の分身ではあるが、一人の人間である。
その存在を認め尊重することが基本と思う。
たとえそれが赤ちゃんでも。

まず親の教育が必要であると思った。

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2009年11月 2日 (月)

ダライ・ラマ法王と4人の学者

昨日、両国国技館で「ダライ・ラマ法王 来日講演2009」が開催された。

「「地球の未来」への対話 -仏教と科学の共鳴ー」と副題が打たれ、
4人の日本人学者との対話形式で行われた。

その学者の一人に田坂広志氏が入っていたため、興味を持ち出掛けて来た。

しかし、内容的には不発で終わった感じがする。

まず、開始が法王の来場が遅れたことにより40分遅れとなった。
3000人の聴衆が集まっていたため、40分かけると2000時間、約83日分の時間が
浪費されたことになる。
そして、法王からは何の謝罪もなかった。
チベットの国家元首に当たられると思うが、これは残念なことだ。

田坂氏を除いた4人の学者も、自分たちの役割をよく理解していなかったようだ。
各人テーマを与えられ、法王に対してそれらに関し質問を行うよう司会者から
依頼があったが、自説を展開してしまい何を質問しているのか分からなかった。

あげくの果てに同時通訳が難解な日本語を英語に訳せず、法王が質問の
意図を理解できず立ち往生する場面が何回もあった。

最後に我慢できなくなった学者が英語で法王に説明を始めてしまい、
司会者が「日本語で話して下さい。」と諭す場面まで出て来てしまった。

そのような形で、まともな対話など出来る訳もない。
話が分断し、ポイントがずれ、ただ時間だけが過ぎて行った。

その中で、最後に役割が回って来た際に、話しを短く切り上げ的確な質問をした
田坂氏の対応はさすがであった。
法王との話しがかみ合ったのは、この時間だけだったように思う。

ひとつひとつの話しはそれなりに理解出来る内容だったが、全体としての流れに
ストーリー性が乏しく何篇もの小説を断片的に読んでいる感じだった。

講演で3.5時間というのも長すぎる。
集中力が持たない。

まったくの打ち合わせ不足の講演会だった。
期待が大きかっただけに、落胆で疲れが倍増した。

運営面において、反面教師となった講演会であった。

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2009年11月 1日 (日)

感動を与えて逝った12人の物語

致知出版社という出版社がある。

生きがいや人生哲学を説いた出版物を主に発行している会社である。
メーリングリストに登録しているため、頻繁に新刊の案内が届く。

最近来た案内に「感動を与えて逝った12人の物語」というタイトルの図書があった。
終末医療の最先端であるホスピス勤務の医師が書いた本とのことだった。

死生観や人生観を検証するために役立つと思い、さっそく購入して読んだ。

いろいろな方の最後の様子が、著者の想いと共に綴られていた。

しかし、記載してあったのは、病床で亡くなった方のことばかり。
終末医療の医師が書いたのだから仕方がないが、何か物足りなさを感じた。

人の死は、突如訪れる場合もある。
その死の瞬間に、人は何を考え何を感じてあの世に旅立つのだろうか。

人それぞれと思うが、私は「死は永遠の安らぎ」と捉えている。
逆に言うと、「死」を永遠の安らぎと受け止められるよう、「生」の間は全力疾走で
駆け抜けたいと思っている。

さすがに常時全力疾走ではバテてしまうので、ジムで心身のリフレッシュを頻繁に
行っているが、気持ちのうえでは手抜きをしたくないのである。

一度しかない命である。

人間が人間として生まれて来る確率は、ある学者によると1億円が100万回連続して
当たる確率とのことだ。

これはもう、2度と人間としては生まれて来ないことを意味している。

ならば、この「生」の期間を納得づくで生きたいものである。

夢が叶うか叶わないかが問題ではない。
大事なことは、夢に向かって歩み続けるということである。

途中での落胆や失望は、スパイスのようなもの。
たとえ全てを失っても、我が身は残るのである。
赤ん坊になったつもりで、ゼロから始めればいいだけである。

自殺者が年間3万人を下らない状況が現在も続いている。
本当に痛ましいことである。

全てがない状態が、本来の人間の姿だと思うのだが。
少なくとも、現在の日本では命まで奪われることはないだろう。

「死」は誰にでもやって来る。
「死」から逃れるのではなく、パートナーとして付き合って行きたいと思う。

「生」と「死」は対立概念ではなく、連鎖の関係にあり存在する次元が違うだけと
捉えられないだろうか。

いつでも喜んで「死」を受け入れたいものである。
そのためには、不断の努力を楽しむ余裕が欲しいものである。

今後も、納得の「生」から安らぎに「死」に続く自分道を目指し切磋琢磨を続けたい。

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