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2010年12月31日 (金)

書庫の整理開始

いよいよ今年最後の日となった。

しかし、いつもと変わらぬ日という感じだ。
子供の頃は、何か浮き浮きした気分となったが、今朝も淡々と朝を迎えた。
きっと、明日の元旦も同じ気持ちだろう。

しかし、いろいろ整理するには、絶好の機会だ。

ということで、昨日から書庫の整理を始めた。

私のマンションの部屋には、自転車置き場が1戸ごとに併設されている。
そこを改造し、自室以外のもう1つの仕事場にしているが、その壁一面を
書庫にしているのだ。

07年以降の書類を案件ごとに分類し、ファイルボックスに入れて保管している。
仕事が終わり保管する前に、その時点で必要な書類を残し、他は捨てている。

そのようにしているのだが、今回改めて見ると、今となっては不要な書類が
多々見つかった。

一応全ての書類に目を通し、1枚1枚保管の有無を判断してる。
これが、結構疲れる。
昨日も、根負けして途中で休憩し、それっきりとなってしまった。

今日は、やり遂げなければならない。

07年、08年の書類が、今回の整理の対象だ。
09年と10年の過去2年間の書類は、詳細について見直す可能性があるため、
今回の整理からは外し、来年見直すこととしたい。

この整理が終われば、全ての整理が終わることになる。

書籍、衣類、雑貨関係等の整理は、これまでの1ヵ月間で整理済みだ。
後は、4台の廃棄パソコンをばらして完了。

これから、整理を再開したいと思う。

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2010年12月30日 (木)

ガイアの思想

田坂広志氏の著作に「ガイアの思想」というのがある。

ジェームズ・ラブロックのガイア仮説を受け、自らの考えを明らかにした著書だ。

1998年に発行された図書だが、この度、その巻末に掲載された論文が、
電子書籍として田坂氏から公開された。

巻末と言っても、PDFファイルで35ページもある。
中身は、やはり含蓄に満ちた内容だった。

本文は、残念ながらまだ読んでいない。
しかし、巻末で述べられた内容を受けて、それ以降の著作に、何度も
ガイア思想が出て来る。

田坂氏の根底には、次の3部作で論述された事項が、今も引き続き深化して
いるように思う。

ガイアの思想
複雑系の知
使える弁証法

今回の電子書籍を読んで、改めてこれらの本に立ち戻り、自らの想いを
問い直したいと思う。

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2010年12月29日 (水)

遭遇 貨幣博物館

昨日、加古川市の実家から戻り、東京駅から神田に向かって歩いている時
日本銀行本店の横を通り過ぎようとしていた。

その時、ふと目に入った看板があった。

それが、貨幣博物館だった。
よく見ると、日本銀行金融研究所 貨幣博物館とある。

この辺にあることは知っていたが、入ったことはない。
意として歩いていた訳ではないが、時間に少し余裕があったので、立ち寄る
ことにした。

難しそうな説明を読むのは全部省き、ひたすらお金を見て回った。

我が国初の貨幣である、和同開ほうを初めて見た。
2000年前に鋳造されたものだが、くっきりとその文字が読めた。

金の大判は、豊臣秀吉により天正大判として最初に作られた。
しかし、あれでは大き過ぎて財布に入らない。
権威の象徴の何物でもないなと思った。

その他、日本初の紙幣である山田羽書や、福井藩が発行した現存する
最も古い藩札等が展示されていた。

もちろん、明治維新以降のお金の変遷も紹介されていた。
しかし、昔のお金の方が、何か生活感があふれていて親しみを感じた。

矢じりや石等の物品貨幣に至っては、微笑ましい限りである。

外国の昔の貨幣も展示されていた。
シベリアでは金属だと手に張り付いてしまうので、皮製のコインが流通
していたとのこと。

そして各国の金貨が展示されていたが、それらは芸術品のようであった。

一番最後に、現在の一万円札で一億円分の札束を持ち上げるコーナー
があった。

結構重かった。
パネルを見ると、10kgとあった。

なるほどね。
お金にあまり執着心はないが、人と人が何かを交換し合うという行為
には、興味がある。

お金は確かに大事だが、お金に拠らなくても価値を分かち合ったり
共有し合える世の中に、ぜひしたいものだ。

貨幣博物館を見終わって、そのような感想を抱いた。

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2010年12月28日 (火)

ズボンの寸法直しに着手

24日で公的な仕事が終了したため、その日の夜、行き付けの
紳士服店に、冬物のズボンを5着を持ち込んだ。

寸法直しのためにである。

何せ、半年で体重が10kg、ウエストが8cm減少したため
さずがにズボンがぶかぶかになってしまった。

「Iさん、今日はどのようなご用件でしょうか。」
「寸法直しに来ました。」
「左様ですか。では次回は一回り小さいサイズのいいスーツを
ご用意してお待ち致しております。」

商売上手とは、このことだ。
しっかりと、スーツ新調をアッピールして来た。

「ウエストの寸法を直しますと、シルエットが若干 変わりますが、
宜しいでしょうか。」

いいも悪いもない。
今のぶかぶかよりは、ましだろう。
その程度の出来で結構なのである。

当店は、いつ来ても笑顔で接してくれて気持ちがいい。
そして、いろいろな質問に答え、親身に相談に乗ってくれる。

それは嬉しいのだが、ひとつ気になることがある。
いつも、空いているのだ。

いい店だと思うのだが、こんなに客が少なくてもつのだろうか。
チェーン店なので会社がなくなることはないと思うが、
店がクローズになることは十分に考えられる。

立地が、若干悪いからかもしれない。
しかし、私としては、いつまでもその地にあって欲しい。

12/29の受け取りの日が楽しみだ。
また、彼ら彼女らの笑顔に接することが出来るから。

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2010年12月27日 (月)

A姉弟へのクリスマスプレゼント

一昨日のイタリアオペラ発表会の後、私がサンタクロースの扮装で、
ピアノの発表が終わった子供たちにプレゼントを配ったことは先に書いた。

実は、これらのプレゼントは、講師の先生方が用意されたものを
配らさせて頂いたのだ。

発表した子供たちの中に、私が特にプレゼントしたい相手がいた。
前回の発表時に友人になった、Aさんの3姉弟だ。

高校2年のUさん、高校1年のH君、小学4年のR君。
それぞれに個性を持った素晴らしい子供たちだった。

最初は、H君だけにプレゼントを用意していた。
しかし、やはりこれでは不公平だろうと思って、前日東京へ出た際に、
お二人へのプレゼントも買い求めた。

Uさんには、私も愛用しているペンテルのシャープペンシル。
タフな作りの上に、大きい消しゴムがついており便利この上ない。
替えの消しゴム3個も、合わせて買った。
大学に入った後も、しっかり学問するようにとの願いを込めた。

H君には、私が敬う田坂広志氏の「未来の見える階段」を用意した。
将来、自分の進むべき道を考える時の手がかりにして欲しいという
願いを込めた。

R君には、ここ一番の時、パワーが出るようチョコレート菓子である
ビッグサンダー5個入りパックを備えた。
彼は、将来プロボーラーを目指しているとのことで、既にいくつもの
大会を制している。
自分の信じる道を歩んで欲しいという願いを込めた。

まさに、3者3様。

音楽を機会に出会ったのも、何かの縁である。
この縁を大切にしたい。

3人の成長を、私も楽しみながら見守って行きたい。

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2010年12月26日 (日)

サンタでイタリアオペラ

遂に実現した、サンタクロースの姿でのイタリアオペラ独唱。

昨日、私としては第2回目のイタリアオペラ発表会が終了した。
ちょうどクリスマスの日。

子供達のピアノの発表会を兼ねているため、大勢の子供達が参加した。
一生懸命練習して発表会に備えた子供達に、何か貢献をしたい。

それで思い付いたのが、サンタの姿で歌うことだった。

馴れない格好で、変調の多い歌を歌うことは、結構緊張感が伴う。

発表会直前の会場での練習で、歌詞を忘れてしまうという失態をさらしてしまった。
普通では、考えられないことだ。

しかし、皆さんに対するサプライズ企画ということで、プログラムの最後に歌う
ことになっていたため、待っている間に再度復習することが出来た。

これが幸いし、本番では、ほぼ練習どおりに歌うことが出来た。
まさに粘り勝ちだ。

子供達の反応はというと、考えていたほどびっくりもしなかったようだ。
まあ、今の季節、どこにでもサンタはいるから、仕方ないかもしれない。

それよりも、大人の方々の反応の方が印象的だった。
この場に、サンタの姿で現れる勇気を讃えてくれたのかもしれない。

終わった後も、ある品のいいおじさまに、声とサンタの姿で歌うアイデアを
誉めて頂いた。
うれしい限りである。

自分で企画提案し、自分で演じる。
結果はいいに越したことはないが、こういうのは結果ではない。

それをやり切ったという満足感の方が大きい。

今後も、どんどんチャレンジして行きたい。

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2010年12月25日 (土)

スクーバダイビング研究開始

奄美のFさんから、スクーバダイビングのテキストが届いた。

3月に再び奄美へ行く計画を立てたが、今回の目的はCカード取得だ。

まずは、オープンシーダイバーを目指す。
そうすれば、10数mの所まで潜れるようになる。

テキストと共に、シュノーケリングとクスーバの器材一式のカタログも同封
されていた。
お勧めグッズに付箋を貼って頂く等、細かい心遣いが有り難い。

カタログを見ていて感心した。
本当に、いろいろ研究して作られているなと。

スクーバ器材は、あのジャック・イブ・クスト-氏が最初に開発したものだ
ということを、改めて知った。
昔、カリプソ号と共に、世界中の海洋・海中をテレビで紹介していた姿が
懐かしい。

テキストも、さっそく読みはじめた。
知らないことばかりで、実に楽しい。

まずは、空想の海中散歩を楽しみたい。

今度は、どのような景色が臨めるのだろう。
今から楽しみだ。

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2010年12月24日 (金)

気化熱で顔を冷やす

稼動が続いて来ると、やはり疲れが蓄積していくものである。

最近、グループ演習を行ってもらっている間、ふと意識がなくなりそうになる
ことがある。

グループ演習時の時は、努めて巡回するようにしているが、一呼吸置くため
に席につくことがある。
その時が、要注意なのだ。

しかし、講師が居眠りする訳にはいかないので、いろいろな手段を
試みることになる。

ハンカチをペットボトルの水でぬらし、目をこする。
のどスプレーをしてスカッとする。
トイレに行って顔を洗う。

この中では、やはり「トイレに行って顔を洗う。」が一番効果的だ。
しかも、洗った顔を拭かないのである。

水を拭うとしても、両手で顔を押さえる程度だ。

なぜか。
それは、気化熱で顔を冷やすためだ。
これが結構効き目がある。

後は目薬をさすという手や足をつねるという方法もあるが、動作が大きく
なったり、単に痛かっただけで終わる等、私に関してはあまり効果がなかった。

気化熱も効かなくなったら、後は立って姿勢を保ち、腹筋や背筋、大胸筋等
の大筋群のアイソメトリックトレーニングに入る。

ここまでやったことは少ないが、これを行うと一遍に体が覚醒する。
それも、気づかれないように行うので、一層負荷が倍加する。

でも、あまり続けるとリフレッシュを通り越してより疲れてしまうので、要注意だ。
これからも、いろいろ試して行きたい。

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2010年12月23日 (木)

石山寺探訪

滋賀県大津市での仕事が終了した後、足を伸ばして石山寺に参拝して来た。

石山寺は、かつて紫式部が源氏物語を書いた場所として有名な所だ。
今も本堂内に「源氏の間」が設けられていた。

その本堂の内陣は、平安中期に作られたものとのこと。
国宝になっているとあった。

石山の名のとおり、境内には結構、奇岩が見受けられた。
パンフレットを見ると、これら奇岩は硅灰石からなり、天然記念物に
指定されれいるとのことだった。

かなり広い境内だったので、急ぎ足で回った。

桜の木が、到る所に植えられていた。
そして、山の中腹である利点を活かし、木樋からの落水や箱庭のような
庭園が、そこかしこに作られていた。

きっと春に来たら、美しい風景が望めるだろうなと思った。

頂上の多宝塔まで来て眼下を臨むと、瀬田川が見えた。
瀬田川は琵琶湖から流れ出ている川で、京都に行くと宇治川、
大阪へ行くと淀川と名前が変わって行く。

流れが緩やかなのか、ボート競技のボートがたくさん練習していた。

これでまた、旅の思い出が出来た。
これからも、いろいろな所を訪ねてみたい。

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2010年12月22日 (水)

指出しランニンググローブをゲット

遂に、指出し式のランニンググローブを手に入れた。

イオンに行った際、時間のつなぎに立ち寄ったオーソリティーにそれはあった。

ネットでデサントが発売していることは知っていたが、グローブは実際に
装着してみないとフィット感が分からない。

だから、事あるごとにスポーツ店を見て回り、片っ端から手に着けながら
確認して来た。

メーカーによって、同じサイズでも大きさや形ががまちまちだ。
感覚が敏感な手が相手なので、より一層それらの違いが大きく感じられる。

オーソリティーにあったランニンググローグも全部を試着した。
ランニンググローブに目を付けたのは、薄くて温かい機能を両立させている
からだ。

各社各様の特徴を持っていた。

まず共通していたのが、私の場合、SサイズでOKと言う点だ。
手が小さいとは思っていたが、やっぱり小さかった。

私が最終的に選んだのは、アディダスのリーボックブランドの
ランニンググローブだった。

人差し指を出すことが出来る。
多分、携帯電話の操作を考えたのだろう。

手帳を後ろポケットから出してページを繰ってみたが、うまくめくることが
出来た。
私の主目的は、グローブをしたまま手帳を見たりメモすることだ。

親指も出ればいいなと思ったが、2つの指の先をめくるのは行動中、
面倒かもしれない。
1つでも支障がなければ、それでいいかもと思った。

これで、早朝の出張であったり、図書館へ自転車で出かける際、
寒さを軽減することが出来る。

小物の充実も、仕事を効率的に進めるには、大事な事項だ。
今後も、いろいろ考え、試して行きたい。

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2010年12月21日 (火)

残念!途中下車キップ

先日、たいへんな失敗をしてしまった。

静岡からの帰りに東京で途中下車したのだが、その後、その切符を
使わずに、スイカで乗車してしまったのだ。

何かおかしいと気づいたのは、何と翌日。

東京で降りて、ジムに行くため地下鉄で広尾へ向かった。
その後、恵比寿から再びJRに戻った際、すっかり頭がリセットされて
しまっていた。

全然気づかずに、いつも通り条件反射でスイカをタッチしてしまったのだ。

翌日、再びジムへ行くため恵比寿で降りた際、さて昨日、駅員さんの
いるところを通過して乗車したかなという疑問が沸いて来た。

いくら考えても、駅員さんに声を掛けた記憶がない。

これはやってしまったかなと思いながら帰宅後、妻に昨日洗濯に出した
ワイシャツの胸ポケットに何か入っていなかったか確認したら、
案の上ボロボロになった切符を見せられた。

これで、700円失ったことになる。

金額的には大したことはないが、実行すべき行動が取れなかった
ことが悔しい。

自分では、胸ポケットに入れたキップを忘れないようにと念じていたのだ。

ジムには仕事が終わる度に、心身のリセットに行っている。

リセット効果が抜群だったと言えば聞こえはいいが、昨日は、
それだけではなかった。

次に行う仕事のことを考え、気持ちに余裕がなかったのだ。

心にいつも余裕を持つ。

自分に言い聞かせている言葉だが、実行は難しい。
改めて、自分を見直すきっかけとなった。

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2010年12月20日 (月)

最高!柿安の店員さん

大丸東京店の地下1階食料品売り場での出来事。

新幹線の出発まで後10分。
大慌てで途中下車し、夕食を買いにデパ地下へ向かった。

お目当ては、柿安のお弁当だ。
肉関係のお弁当が充実している。

「お安くなっているよ。」
「揚げ物でなく、焼き者の鳥肉の弁当はありますか。」
「うーん。うちにはないな。」
「そうですか。残念です。」
「でも、隣のポールボキューズさんで売っているよ。」
「ええ、どこだって。」
「ポールボキューズ。そう、ここだよ。」

と言って、隣の売り場まで私を案内し、

「このお弁当。ね、焼き物でしょ。」

とガラス棚の中を指差して教えてくれた。

これには驚いた。

夕食時の、超忙しい時だったからだ。
自分の持ち場を離れて、案内してくれた。

「ありがとうございました。」
「いえいえ。」

彼が戻った後、ポールボキューズさんの店員さんに
話し掛けてみた。

「柿安さんの店員さん、いい方ですね。」

そうしたら、こう返事が返って来た。

「そうなんですよ、柿安さんは、この周辺でどんなお弁当
が売られているか、皆さん詳しいんですよ。」

この話しにも驚いた。

その行為は敵情視察だと思うが、同時に自店にない商品を
紹介することにつながり、結果として売り場全体の業績
アップに貢献している。

昔の秋葉原の電気街がそうだったと聞いているが、まさに
ここでもそれが行われていた。

個を重視しながらも、全体に貢献する。

古くて新しい商売の姿を見せてもらった。

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2010年12月19日 (日)

未来の見える階段

田坂広志氏の新著「未来の見える階段」を読んだ。

何という含蓄に満ちた物語だろう。
心に染み入るように、著者の想いが伝わって来る。

この詩的寓話は、「忘れられた叡知」に続く第2弾の作品だ。

既に単行本として発刊された「未来を予見する「5つの法則」」を、
分かり易くかみ砕いて書かれた本だ。

智恵子と賢治という姉弟が、森の聖人を訪ねて、未来を知る方法に
ついて尋ねるという内容になっている。

詳しくは、ここでは敢えて記さないこととしたい。

ただ言いたいことは、この本を多くの若者に読んで欲しいと
いうことだ。

これから未来を担う若者たち。

この本の中には、何のために仕事をするのか、何のために生きるのか
を考えるヒントが隠されている。

自分自身を振り返る材料として活用して頂ければと思う。
田坂氏も、きっとそれを望んでいるだろう。

ちなみに、英語訳も付いているため、英語の勉強にもなる。

私も、この本を、クリスマスの日に前途有望な若者に
さっそくプレゼントしたいと思っている。

何を感じ取ってくれるか、今から楽しみである。

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2010年12月18日 (土)

うまかった宮崎地鶏とフォアグラ丼御膳

先日の人間ドック終了後、病院内のレストランで食べた「宮崎地鶏とフォアグラ丼
御膳」が、最高に美味しかった。

人間ドックとセットになった昼食だったが、選べるメニューが4種類あり、
どれも美味しそうなものばかりだった。

その中で、「宮崎地鶏とフォアグラ丼御膳」だけが、1日限定10食となっていた。

もう大勢の方々が、私より先に検診を終わっていたため品切れだろうと諦めつつ、
試しにオーダーしたらOKだった。

フォアグラを食べた記憶があるかないか位だっただけに、じっくり味わう
チャンス到来だ。
6ヶ月間、減量に励んだ自分へのご褒美の意味も、ちょっぴりある。

まず、歯ごたえのある宮崎地鶏のご登場だ。
口蹄疫でたいへんだった宮崎県だが、地鶏もなかなかの味である。

食べている内に、豆腐のような歯ごたえの代物に出会った。

「これがフォアグラか。」

よく考えたら、フォアグラはガチョウの肝臓だ。
小さい頃よく食べた、鶏の肝臓の食感を思い出した。

そして、強制飼育による脂肪肝の成れの果てだ。

「自分は脂肪肝から逃れるために減量して来たのに
その脂肪肝を食べるとは、ちと矛盾しているな。」

美味しい丼だったが、少し反省してしまった。

ここで気を許してしまったら、また脂肪肝へ逆戻りだ。

フォアグラは、今回で打ち止めとしたい。

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2010年12月17日 (金)

人間ドックミッション終了

昨日、待ちに待った人間ドックを受けて来た。

6月以降、ジムの管理栄養士Yさんについて、減量のための食事療法と
脂肪燃焼のためのトレーニングを続けて来た。
その成果を問われる日が来たのだ。

結果は、まだ分からない。

でも、ひとつだけ正常値に戻った事を確認出来た項目がある。
それは血圧だ。

しかし、この結果を得るまで一筋縄ではなかった。
最初測定した時は、131/79で上が1オーバーしていた。

その時は、だめだったかと一旦諦めた。

しかし、ドックが終わり用意された昼食を食べ終わって帰ろうとした時、
これでいいのかという心の叫びが聞こえて来た。

いいはずがない。

減量を10kg行い、体脂肪率も8%落とした。
筋肉量を増大させながらだ。

戻ろう。
戻って、もう一度測定し直してもらおう。
だめで、元々だ。

そう心の中で呟きながら、足は既に2階に向かっていた。

「すいません。どうしても血圧を再測定して頂きたいのですが。」
「いいですよ。」

受付の方が、あっさりOKしてくれた。
案ずるより生むが易しとは、このことだ。

シャツだけになり、深呼吸して自動測定機に向かった。
しかし、宮崎地鶏とフォアグラ丼御膳という高カロリーの
昼食を取ったためか、返って血圧が上がってしまった。
何回測定してもだめだった。

「看護師に測定してもらいますか。」

見かねた受付の方が、声を掛けてくれた。

「お手数をお掛け致します。」

看護師さんたちはもう、片付けに入っていた。
しかし、笑顔で対応してくれた。

測定して頂く前に、いかに血圧を下げる努力を半年間に渡ってして
来たかを説明した。
というより、気づいたら話していたという感じだった。

笑顔で頷き、測定してくれた。

「122/74ですね。」
「やった!正常値だ。」

思わず、叫んでしまった。

看護師さんと受付の方にお礼を述べ、部屋を後にした。

最後まであきらめない。

身を持って体感した出来事だった。

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2010年12月16日 (木)

カロリー補給 こしあんぱん

明治屋ストア広尾店のこしあんぱんが、実にうまい。

ふわふわのパンの中に、上品な味のあんが入っている。
水分を適度に含んでいるため、舌触りがまろやか。
飲み物が要らないほどである。

通っているジムが近くにある。

そのため、1日の仕事が終わって広尾まで辿り着いたとき、このパンを
よく買ってカロリー補給をしている。

案外、腹持ちがいいのだ。
ここが、チョコレートと違う点だ。

塩漬にした桜の花が、トッピングしてあるのもいい。
塩味が、一瞬口の中に広がる。
これがまた、甘さを引き立てている。

昼食を控えめにしたときは、2個食べることもある。
つぶあんぱんも売っているが、こしあんぱんの方が、数段美味しく感じる。
疲労の溜まった体には、水分量の多い方が食べやすいのかもしれない。

お陰で、体重維持のまま、筋肉量増大、体脂肪率及び内臓脂肪率低減の
傾向が続いている。

今後も、適度にカロリー補給しながら、トレーニングに励みたい。

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2010年12月15日 (水)

旅の記念碑

全国各地に出張で出向いた際、出来るだけ時間を作って現地のいろいろな
ものに触れるようにしている。
まずは、自分自身の情操教育のためだ。

旧所名跡、美術館、博物館、峠、川辺、海岸、埠頭、温泉、市場、食堂、
ホテル、レストラン、喫茶店、甘味処等

その際、思い出にと思い、身近なものを手に入れて来ている。

絵葉書、石ころ、珊瑚のかけら、お別れで使ったテープや黄色いハンカチ、
一輪差し、玩具等

人が見たら、ほとんどが、がらくたである。
でも、私にとっては、記憶の詰まった貴重な品々なのだ。

そう言えば、先日ベッド下の収納スペースを整理している時、学生時代の
思い出の品と出会った。

北海道の牧場でアルバイトした時にもらった真鍮製の牛の鼻輪と、
そのバイト代を元手に北海道を旅した時に買ったアイヌの酋長の顔の彫り物だ。

どちらも、手にする度に、その時の思い出が今だに蘇って来る。

ただし、決して思い出の中に生きているのではない。

自分の通って来た道を振り返り、反芻し、そこからまた学ぶべき点がないか、
深く味わっているのである。

その時には気が付かなかったけれど、後から振り返り、なるほどと思うことは、
結構あるものである。

過去の時間を大切にする。

油断すると、今という時間に流されてしまう。
過去の出来事の中に、宝ものが隠されていることがある。
これを大切にしたい。

旅の記念碑は、時間の記念碑でもあるのだ。

過ぎ去った時間の扉を開けるトリガー。

これからも、記念碑との対話を楽しんで行きたい。

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2010年12月14日 (火)

ペーパースタンド調達

いろいろな所へ行く度に、よく絵葉書を買って来る。

これまでは、クリスタル製の写真立てに入れたり、小型のイーゼルに
立て掛けていたが、これでは足りなくなって来た。

今まで、ペーパースタンドとしては、強力なネオジウム磁石を使ったスティク型
のものを活用して来た。

これは、数年前に、あるイベントでベンチャー企業がサンプルとして配付して
いたものだ。

よく出来ているので、今回注文しようとホームページから申し込もうとしたが、
送信出来なかった。
電話もFAXも、現在使われていないとのこと。
メールは送信出来たが、全く返事が来ない。
倒産してしまったのだろうか。

どうしようかと思っていた時、処分しようと思い何気なく開いたカウネットの
パンフレットのあるページに目が止まった。

それは、POPのページだった。

テーブルにPOPを展示するためのツールとして、ペーパースタンドが売られて
いたのだ。
絵葉書用ではないが、十分使用に耐えられそうだ。
まさに、捨てる神あれば拾う神ありだ。

さっそく、カウネットに10個注文した。

ついでに、パンフレットをさらにめくっていていいものを見つけた。
強力なホワイトボード用マグネット
丈夫そうな折り畳み式指棒
これらも合わせて購入した。

探せば、いろいろと使える品があるものである。

ペーパースタンドが来たら、さっそく奄美で買って来た田中一村の絵葉書8枚を
差し込んで眺めてみたい。

八重に重ねて立て掛けると、さぞかし壮観だろう。

ペーパースタンドの到着を待ちたい。

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2010年12月13日 (月)

魅惑の珊瑚

先日、奄美でお世話になったダイビングインストラクターのFさんから、
メールとともに珊瑚の写真が送られて来た。

「奄美は今日も快晴で、海がきれいです。」

この写真は、Fさんが撮影したとのこと。
何と美しいことか。
泳ぐ魚たちが、まるで珊瑚と戯れているようだ。

通っているジムで、インストラクターのSさんに奄美でダイビングして来たと
話したところ、こう尋ねられた。

「竜宮城は見つかりましたか。」

水深3m程度では、残念ながら竜宮城は見つからなかった。
しかし、本当にあるのではないかと思わせる美しさだった。

ならば、その存在を、この目でぜひ確認したいものだ。

ということで、3月に再び奄美へ行くことにした。
同じ場所へ行くことは滅多にないが、今回は違う。
竜宮城を見つけるという目的がある。

昨日、さっそくいつもお世話になっている旅行会社へ申し込みに行った。
もう、すっかりお馴染みさんである。

さらに深く潜るには、Cカードのライセンスを取得する必要がある。
次回は、このライセンスも同時に取得予定だ。

奄美は、私にとって特別の場所になるかもしれない。
田中一村記念美術館も、そこにある。

奄美行きを楽しみに、向こう3ヶ月頑張りたいと思う。

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2010年12月12日 (日)

Carry my body!

体を運べ!

私がいつも、自分に言い聞かせている言葉である。

Moveではない。
Moveだと、動かなければという意思が入ってしまう。
単純に、体を運ぶことだけを考える。
大脳を介在させないのだ。

後は何とかなる。

かなり荒っぽいやり方だ。
しかし、この方法で幾多のハードルを乗り越えて来た。

ジム通い:週3回
スイミングプライベートレッスン:週1回
イタリアオペラレッスン:週1回
研修講師稼動:週5~6回

この1年、全て達成して来た。

タイムマネジメント力も必要だが、それよりも大事なもの。
それが、Carry my bodyだ。

先の事を考え過ぎると、足が出なくなる。
とにかく、そこに体を運ぶ。
その過程で、出来る限りの事をする。

そうすると、道中の時間も無駄には出来ない。
常に何かをしている。

そして、こういう生活に満足している自分がいる。
目一杯活きている実感があるのだ。

しかし、だからと言って、やたら動いているだけではない。
そこで、何か感じ何かを吸収している。

今年は、仕事で全国いろいろな所へ行かせて頂いた。
いろいろな方と出会い、数々の事を学ばさせて頂いた。
また、それら仕事の合間に、美術館や名所旧跡も訪れ、先人の知見にも
数多く触れた。

まさに、現地で体全体を使い5感を通して学ばせて頂いた。
よく分からない部分もあるが、私の血となり肉となってくれていると思う。

これも、小まめにCarryしているからだ。

頭だけでなく、体全体で感じる。

今後も、励行して行きたい。

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2010年12月11日 (土)

プレミアムダウン ウルトラライト

プレミアムダウン ウルトラライト

言わずと知れた、ユニクロの今年の目玉商品だ。

これがなかなか優れもの。

超軽い上に、丸めて付属のバッグに入れたらデイバッグにでもスポーツバッグ
にでも、楽々納めることが出来る。

最近は、冬でもフリース1枚で外出することが多くなった。
しかし、遠出をする場合は、予備としてこのダウンを持参している。

奄美にも持って行った。
しかし、使うことはなかったが。

役に立ったと言えば、バッグ内のスペーサーとして機能したということだろうか。
こういう使い方もあるのだなと、逆に思った。

カラーはブラックを選んだので、場合によってはビジネスでも使えるかもしれない。
いいものは、何通りにも用途が出て来るから不思議だ。

今後も、いろいろな場面で活用して行きたい。

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2010年12月10日 (金)

秀麗の富士山

今朝、埼京線で見た富士山が素晴らしかった。

白い姿が朝日で輝き、くっきりと宙に浮かんでいたのだ。

空気が澄んでいるためか、遠くまで見通せ、身近に迫って来る感じがした。

このような美しい富士山を見ると、日本人に生まれて来て本当によかったと思う。

今はビルが建ち並んでいるため、その間から垣間見ることになってしまっている。
しかし、昔は関東平野ならば、どこからでも眺められたのだろう。

富士山を仰ぐ度に、日本人である自覚と誇りを胸に抱いていたのではないだろうか。

やはり、シンボルとしての存在は大事だなあと再認識した次第である。

では、果たして自分としてのシンボルは何だろうか。

これが、なかなか分からない。

秀麗の富士のように、皆に希望を持ってもらう存在になりたいものだ。

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2010年12月 9日 (木)

久しぶりのジム

1日ぶりにジムへ行った。

私としては、異例のことだ。

仕事が立て込んでいた上に、先週の土日月に奄美大島に行っていたからだ。
もっとも、仕事が終わらず、奄美への道中やホテルでパソコンと書類に向かって
いたが。

今日は、リハビリの日に当てた。
焦ることはないのだ。

何せ、週平均3日のノルマを果たすには、年末にかけて詰めて通う必要があるからだ。

ならば、じっくりと取り組んだ方がいい。

少しお疲れ気味だったが、とにかく行ってみた。
そして、ストレッチを入念に行い、スイミングで体をほぐした。

そうしたら、変化が起きた。
逆に、いつものリズムが戻って来たのだ。
自分の生活に戻れた感じがする。

強制リセット

まさにこれだ。

これからも、リセットを続けたい。

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2010年12月 8日 (水)

夜の星空観察

奄美から戻って中1日が経った。

わずか3日の滞在だったが、3年居たような感じがする。

ホテルのスタッフの方々や他のお客様との語らい
地元の方との交流
青く澄み切った空
コバルトブルーに輝く海
そして、体にやさしくおいしい食材の数々

老人ホームが多いと現地で聞いたが、分かるような気がする。
田中一村が終生の地を奄美と決めた意味も、これで分かった。

ゆったりと時間が流れ、自然に抱かれている自分を実感することが出来るのだ。

最後の夜に、ホテルスタッフのBさんがいざなってくれた「夜の星空観察」も、
また印象深いものだった。

20時15分から始まった星空観察。
満天の星が望めた。
こんなに多くの星を見たのは、学生時代に北海道の牧場にアルバイトで
行って以来だ。
その時と同じように、天空を横切る銀河を望むことが出来た。

Bさんが、冬の星座の案内やそれにまつわるギリシャ神話を紡いでくれた。
静かなやさしい声で、まさに夜空に染み入るようなナレーションだった。

今日から再び、戦闘モードの日々が始まる。
昨日1日かけてアイドリングを始めたが、なかなか回転が上がらない。
まあ、無理のないところで発進することにしたい。

来年の奄美行きのパンフレットも、昨日入手した。
また彼の地へ戻ることを目標にして、努力を重ねたい。

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2010年12月 7日 (火)

残念!パラグライダー

昨日、奄美大島ツアーの最後を飾り、パラグライダーに挑戦することにしていた。

しかし、誠に残念ながら、飛ぶことが出来なかった。
なにせ風任せの乗り物ゆえ、天候に大きく影響を受けてしまう。

10時から飛ぶことになっていたが、飛行予定地区で雨が降っていたため
ホテルで待機となった。
ホテル近辺は曇りの状態だった。

焦っても仕方がないので、チェックアウトした後、ロビーで待たせてもらうことにした。
お借りしていた延長コードをロビーのテレビ裏にあるコンセントに差し込み、
パソコンをつないで仕事をすることにした。
幸い、今日は宿泊客がいないとのことだったので、ロビーを独占状態だった。

午前中一杯待ったが、連絡が来なかった。
お陰で、一仕事出来た。
いつ連絡が来るかと待ちながらの仕事だったため、返って効率が上がったようだ。
これぞまさしく、災い転じて福となすだ。

やっと天候が回復し、迎えに来て頂いたのが13時。
現地に到着したのが13時半。

今回のパラグライダーは、ドライバーの方がプロペラを背負い、私をぶら下げて
タンデムで飛ぶ形だった。
私も一緒に助走したり協力する必要がある。
一通り説明を聞き、さあ本番だ。
この時点で14時。

しかし、次は風がやや止まってしまった。
エンジンも掛かりが悪い。

若干不安の中、助走をつけて走り出し、やや足が浮いたところで失速し
砂浜に倒れ込んでしまった。
うまく行かないものである。
でも、これもひとつの貴重な経験だ。

転倒でさらに不調になったエンジンを交換するとのことで、しばし休憩。
しかし、調整に手間取っているようだった。
時計はすでに14時15分を回っている。

飛行機の出発時刻が迫り始めていた。
空港で、手荷物検査場を出発15分前の14時55分までに通過する必要がある。
ということは、14時50分には空港に到着する必要がある。

飛行地区から空港までは車で10分。
タイムリミットは14時40分だ。
飛行時間は20分とのことだったので、14時20分には飛び上がらないと
プログラムが完結しない。

様子を伺うと、まだ動きがない。
ここで、決断するしかなかった。

「残念ですが、今回は諦めます。」

その後、急いで空港まで送ってもらった。
代金はカードで支払っていたので、手続き簡略化のため現金で清算して頂いた。

まあ、こういうこともあるだだろう。
考えようによっては、幸いだったかもしれない。
上空でエンジンが止まってしまったら、もっとやっかいなことになっていた
かもしれないのだ。

本来物事には、パーフェクトなどないと考えている。
パラグライダーは、次回の楽しみに改めて取っておきたいと思う。

飛行地区も、限りなく美しい海岸だった。
待っている間、小さなやどかりを見つけ、しばし戯れた。
いかなる時も、心の余裕を忘れない。

見上げれば、奄美の空は限りなく青く、美しかった。
たった3日間の滞在だったが、3年いたような感じだった。
それだけリラックス出来たということだろうか。

お世話になった皆様、本当にありがとうございました。
またいつか、奄美を訪れたいと思います。
それまで、お元気でお過ごし下さい。

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2010年12月 6日 (月)

奄美と田中一村

昨日午後、いよいよ本命の田中一村に会いに行った。

レンタカーを使い、田中一村ゆかりの地を全て回る計画を立て、実行したのだ。

田中一村は、昭和33年50歳の時に奄美大島に移住。
紬工場で染色工として働きながら、独自の視点で奄美の自然を描いて来た。
69歳で亡くなるまで、画壇の誰にも理解されることなく、清貧で孤高な生き方
を通した。
その生き方故、日本のゴッホとも呼ばれている。

作品は、奄美パーク内にある田中一村記念美術館に展示されている。
しかし、ここは最後に行くことにした。

まずは、島に点在するゆかりの地を先に回ることにした。
ついでに、いろいろな所に立ち寄った。

西郷南州流てき地跡
奄美物産センター
田中一村住居跡
鶏飯(けいはん)のひさ倉
ばしゃ山村
歴史民族資料館
田中一村碑
あやまる岬
奄美パーク
奄美の郷

そして、本命の田中一村記念美術館だ。

結構時間が押してしまい、田中一村記念美術館に着いたのが17時だった。
閉館は18時だったので、1時間しかないことになる。

ここでは、ここでしか買えない品々がミュージアムショップにあったため、
先にそこへ行った。
そうしたら、あるわあるわ、垂唾の品々が。

吟味に吟味を重ねたが、結局1万円近くの買い物をしてしまった。
しかし、悔いはない。
私にとって、全部必要なものばかりだった。

ただし、ここで30分を費やしてしまった。
残り30分。

でも大丈夫。
電光石火の鑑賞法を心得ている。
早足で見ながら通過し、残像で味わうのだ。

その結果、余裕しゃくしゃくで、全作品を時間内に見終わった。
そのうえ、実際の作品を見て気に入った絵の複製を、時間一杯のところで
買い足した。
まさに危機一髪。

お陰で、これからはしばらく、心豊かな日々が続きそうだ。

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スキューバダイビングの醍醐味

昨日の午前中、待望のスキューバダイビングにチャレンジした。

インストラクターは、昨日のシュノーケリングの時と同じFさんだ。

まず、ダイビングカウンター横のソファで、昨日以上に丁寧に説明を受けた。
メガネやホースに水が入った時の水抜きの方法
耳の気圧調整の方法
海中でのハンドサインの数々

昨日と違って、ボンベとレギュレータを使用し潜るため、より一層留意する点が
あるのだ。

一通り教えてもらった後、ウエットスーツに着替えてさっそく海へ車で向かった。
車で向かったとは言え、すぐ下の倉崎という海岸にではあったが。

浅瀬で、先程習ったことをまず練習した。
しっかり息を吐き切らないと、うまく空気を吸い込めないことが分かった。
深呼吸の要領でゆっくり深く呼吸するといいと、Fさんが改めてアドバイス
してくれた。

ある程度慣れたところで、いざ海中散歩へ。

昨日とはまた違う別世界が、そこにあった。

さらに多くの魚たちが、乱舞していた。
そして、さんごの中に、小さな魚たちがひしめき合うように住んでいる様子が
よく分かった。

ブダイのオスが、七色に輝いていた。
クマノミのおちびさんたちが、指を出しても恐れずにそこにいた。
スズメダイが踊っていた。
ミノカサゴが、驚いて美しいひれを旗めかせて飛び去った。

時間が過ぎ去るのを忘れるひと時だった。

Fさんが、気を利かせて海中写真を何枚も撮ってくれた。
後で、記念として頂けるとのこと。
これまた、嬉しい限りである。

海の中は、まさに生命に満ち溢れている。
母なる海とは、まさにこのことだ。
改めて、心から実感した。

本当に奄美に来てよかった。
そう思う時間だった。

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2010年12月 5日 (日)

島ジュウリ御前と島唄

島ジュウリとは、奄美大島の郷土料理のこと。

現地に来たからには、やはり郷土料理に親しまない方はない。

ネイティブシー奄美に到着し部屋に入ると、宿泊客限定メニューが用意されている
ことが分かった。
4種類あったが、人気No1と案内されていたのが、鶏飯(けいはん)御前だった。

「5時間かけて鶏からとったスープを鶏肉・金糸玉子・椎茸を乗せたご飯にかけ、
お茶漬け感覚で召し上がり下さい。」とある。
ヘルシーそうで、栄養価も高そうだ。
初日の夕食は、これを頼むことにした。

澄んだ上品な味の鶏がらスープだった。
1人前とは思えない量が出てきた。
1リッター近くあったのではないだろうか。

始めは飲み切れるかなと思ったが、ご飯にかけると不思議と食が進んだ。
ご飯もおひつで出て来た。
丼におかわりすること5杯。
たっぷりと郷土料理を味わった。

お腹一杯になって、どう腹ごなしをしようかと考えていたら、三味線の音が
後ろから聞こえて来た。
今日は、地元の方々が島唄を披露してくれる日だった。
おまけに、八月踊りという踊りも見せてくれるという。
八月踊りとは、旧暦の八月に種をまき終わった喜びをこの踊りで表していたそうだ。
何と言う幸運だろうか。

Bさんの歌声は、のびやかで素晴らしかった。
実は、Bさんはこのホテルのダイビングボートの船長でありなおかつ「夜の星空観察」
のナビゲータでもあるとのことだった。
実に多芸な方だ。

八月踊りは「福を招いて返す」の手の運びが、いかにもやさしく和やかだった。
歌い踊っているうちに、どんどん地元の方がいらっしゃり、最後は16人の輪が出来た。
そのうち、見ていた我々も招き入れられ、結局そこにいたお客さん6名全員が
踊りの輪の中に入ることになった。

最初はゆっくりだったリズムがだんだん早くなり、結構忙しくなって来た。
レストランの中を何周しただろうか。
最高潮に達したところで、お開きとなった。

ちょうどいい運動になった。

席に戻ったところで、手作りのマンゴーアイスがデザートに出て来た。
これも、絶妙のタイミングだった。

昼はシュノーケリング、夜は島ジュウリ、島唄、八月踊りと、実に充実した一日だった。

明日はまた、どのような出会いが待っているのだろうか。
島の方々や文化と出来るだけ触れあいたいと思う。

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奄美の海でシュノーケリング

昨日、奄美大島に13時半に到着した。
そして、1.5時間後には海の中にいた。

今回の旅の目的は、3つ。
① 田中一村記念美術館へ行くこと
② スキューバダイビングをすること
③ パラグライダーをすること

①の楽しみは後にして、昨日はまず②の肩慣らしも兼ね夕刻前の時間を活かし
シュノーケリングを行った。
しかし、ウエットスーツとフィンを着けてのシュノーケリングは生まれて初めてだった。
よって、ホテルでお願いしてあったインストラクターFさんの指導の下、楽しんだ。

今回の宿は、ネイティブシー奄美。
「自然のままの海」とネーミングしている通り、ホテルの眼下がすぐ海なのだ。
白い海岸あり、岩場ありと、まさにダイビングスポットの集合体のような場所だった。

念書を書き、説明を受けて、着替え、いざ海へ。

海に入ってすぐ、ウエットスーツのメリット・デメリットが分かった。
メリットは、防寒、防傷、防溺。
デメリットは、沈もうと思っても沈めないこと。
溺れることがないので安心だが、潜れないと魚に接近出来ない。

後でFさんから、シュノーケリングは海底や魚たちの全体を見、ダイビングで
ポイントに接近して見て行きますと説明を受けた。
なるほど、そういうことか。
全体を押さえ、しかる後に個を押さえる。
シュノーケリング、ダイビングの順で申し込んだのは、正解だった訳だ。

泳ぎ始めてすぐに、驚きの光景が待っていた。

小さい無数の魚が水面上をジャンブして泳いでいたのだ。
Fさんが、あれはキビナゴだと教えてくれた。
ジャンプして口に入ってくれればいいのにと、冗談を言い合った。
この時期に、こんなに群れてジャンプするのは珍しいとのことだった。

海の中がこんな風になっていたのかと、今更ながらに驚いた。
さんご礁の間に、小さな魚たちが寄り添うように漂っている。
そうかと思えば、白い砂地を盛んに漁っている白い魚もいた。
Fさんによれば、それは小さなカニを探しているとのことだった。

悠々と泳ぐ魚、我々をキャッチすると電光石火で逃げる魚。
なにやら人間界と同じようだ。

泳いだり漂ったりする中で、Fさんからいろいろ教わった。
さんごを食べ尽くし、オニヒトデがいなくなったこと。
現在残っているさんごは、オニヒトデが食べることが出来なかった固いさんごということ。
この海域の魚は取って食べていないこと。
なぜならば、見ることが出来なくなってしまうからという落ちがついていた。

1時間程、波間を漂いながら海中散歩を楽しんだ。
Fさんとの時間が終了した後も、一人でゆっくり楽しんだ。
魚を追ったり、仰向けになって漂ったり。
こんなにゆったりした気分になったのは、一体いつ以来だろうか。

ホテルに戻って来て、改めてダイビングカウンターを訪ねた。
Fさんに、今日出会った魚たちの名前を確認するためだ。

キビナゴ
ツノダシ
トゲチョウチョウウオ
ルリスズメダイ
キビレブダイ
クマノミ
オジサン

皆、仲間のように感じた。
活き活きと泳ぐ姿が、再び目に浮かんだ。

この後のダイビングが楽しみだ。

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2010年12月 4日 (土)

黒木メイサの魅力

SPACE BATTLESHIP ヤマトで、初めて黒木メイサという女優を身近に感じた。
今までは、名前程度しか知らなかった。

最初はあまり関心が向かなかったが、その目の美しさに改めて興味を持った。
どういう女性だろうかと。

そう思っていた矢先、機上したJALに備えてあった雑誌SKYWARDに、
彼女へのインタビュー記事が掲載されていた。

1988年沖縄県生まれ
中学2年の時にスカウトされ、2004年につかこうへい演出の舞台でデビュー。
2008年には、ミュージシャン活動もスタート。

現在、そのエキゾチックな美貌とシャープな身のこなしで世の中を席巻中だ。

こんなおもしろいことを言っていた。

「5年先、10年先の目標を立てて、そこに向かって努力する人は素晴らしいし
尊敬します。
しかし、私はどちらかと言うと「今日、今」というタイプです。
毎日、「もうこれ以上はムリッ!」っていうぐらいやっていたら、そのひとつずつが
積み重なって、すごく大きなものになる。
そのことを願って生きてます。」

なかなかいいことを言うではないか。

全く同じことを、稀代の女形と誉高い坂東玉三郎が、数年前のプロフェッショナル
仕事の流儀で言っていた。
目標は立てない。
今に全力を注ぎ込むと。

これらは計画性がないのではない。
今、この瞬間が計画の対象であり、次の行動を瞬時に見直し修正している
だけなのだ。
彼らにとっては、将来が今。
将来は、今の連続なのだ。

時間を究極に大事に考えると、こういう境地にたどり着くのではないだろうか。
まさに、1秒1秒を充実させようと努力を重ねている。
素晴らしい見識だと思う。

この生き方を貫いていたら、不可抗力で一時頓挫しても悔いは残らないだろう。
何しろ、その瞬間まで全力で努力し、出来ることは全部して来ているのだから。

私はと言うと、少し違った見解を持っている。
天に召されるまでのスパンで人生を考え、その上で、今この瞬間に全力を
注ぎ込んでいる。
だから毎日クタクタになり、そのお陰で夜はぐっすり寝ることが出来る。
今日出来ることを尽くしているから、精神的にもリラックス出来る。

ただし、だからと言って、今日やろうと思ったことが全部出来ている訳ではない。
全力を尽くして今日出来なかったことは、きっぱり諦める。
そして寝るのだ。
明日がんばればいい。
それだけのことだ。

「いつかひとり旅をしてみたいですね。
あとは、もっと野生的な生活がしたい。
私、何か秘めていると思うんです、野生的なものを。
それを花咲かせてみたいです。」

野生の魅力。
彼女の目の輝きは、この生命エネルギーから来るのかもしれない。

私も現在、ひとり旅で奄美大島へ向かっている。
内なるエネルギーを満タンにして来たい。

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2010年12月 3日 (金)

暗黒の朝

7時近くと言うのに、何と言う暗さだろうか。

今日の朝は、暗闇からスタートした。

おまけにかなりの雨が降っており、駅に着くまでに結構濡れてしまった。

スーツを拭ったハンカチが、びっしょりになった程だ。

天気予報だと、この悪天候は午前中一杯続くようだ。
しかし、責めてもの慰めが、そんなに寒くないこと。
それゆえ、今日もコートなしで行動している。

コートを着ると行動し辛くなるので、出来るだけ着用しないようにしている。
ポケットに頻繁に手を入れたり出したりしているからだ。

そのため、手袋もしたことがない。

しかし、最近便利な手袋が出て来たようだ。
親指と人差し指の先だけが、生地をめくれば指が露出するタイプのものだ。

デサントから出ているランニング用のものだ。
生地もフリースで出来ているようなので、きっとかさばらないだろう。

アマゾンで調べていて見つけた商品だが、すぐには購入しなかった。
手袋は、実際に装着してみないとフィット感が確認出来ない。

その後、スポーツ用品店を始め、いろいろな店舗で注意して見ているが、
まだお目に掛かったことがない。

防寒で一時重宝したのが、登山用のアンダーシャツだ。
ユニクロのヒートテックが出る遥か前から愛用していた。

しかし、暖房の効いた室内では体温が上がり過ぎるため、最近は着用していない。

これから本格的に訪れる冬に備え、また新たな防寒方法を検討して行きたい。

今日は、図らずも、そのきっかけとなった。

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2010年12月 2日 (木)

SPACE BATTLESHIPヤマト

昨日、時間の間隙を縫って、SPACE BATTLESHIPヤマトを観てきた。

実写版として復活した宇宙戦艦ヤマトである。

上映初日だったがレイトショーということもあり、前の方には空席も残っていた。

さて、内容はと言うと、アニメ時代のSFアクションものから様変わりし、
人間ドラマとして再構成されていた。

戦いのシーンよりは、古代進艦長代理を始めとする登場人物間の
心の葛藤を描き出していたのだ。

主人公は木村拓哉が演じていたが、いい味を出していた。
彼も年輪を重ね、渋味が出て来たということか。
ボディも鍛えられ、日頃から筋トレをきちんと行っている様子が伺えた。

特に素晴らしいかったのは、CGで作られた映像だった。
ヤマトの重厚な質感まで伝わって来た。

馴れ親しんだ佐々木功の歌うテーマソングは聞くことが出来なかったが、
今回は返ってその方がよかったかもしれない。
また違った味わいのストーリーになっていたからだ。

しかし、我々は、なぜこれほどまでにヤマトに愛着を抱くのであろうか。
観客も、どちらかと言うと年配の方々が多かった。

これを、単なる懐古主義とは捉えたくない。

自己を犠牲にしてまで、他者に貢献する。
利他の精神の表れと理解したい。

我々日本人が、どこかで忘れて来てしまった心だ。
この心を、限りなく思い出させてくれるのではないだろうか。
少なくとも、私はそうである。

心は、ヤマトと共に。

また一回り大きくなって、自ら世に貢献して行きたい。

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2010年12月 1日 (水)

スターダストファンタジー

101129

さいたま新都心のけやき広場で、恒例のイルミネーションの点灯が行われている。

毎年少しずつ趣向を変え、新しい何かが加わっている。

今年は、けやき広場の中心にある1階から2階への吹き抜けの所に、
見事な白と青のもみの木が出現した。
そして、その光の息吹が、天空に向かってまさに吹き抜けている。

思わず、上を見上げて見とれてしまった。

「きれいだな。」

毎年、このイルミネーションを見る度に、さいたま新都心に住んでよかったと
思っている。

東京スカイツリーの建設候補地が、このけやき広場のすぐ横だった。
しかし、残念ながら現在、東京の墨田区で建設中だ。

だが、ものは考えようである。

このイルミネーションの森には、本当に妖精が住んでいるのではないかと
思わせる何かがある。
妖精たちのためには、このまま静かな雰囲気の方がいいのかもしれない。

これからも、夜の帰宅途中に癒されたい。

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