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2011年3月31日 (木)

ケンタッキーモーニング

昨日、久しぶりにケンタッキーフライドチキンに立ち寄った。

朝早く大宮まで所要で出掛けたのだが、お腹が減ったので、隣にあった
大宮西口店に入ったのだ。

フライドチキンは、本当に数ヶ月ぶりだった。
体を絞る関係上避けていたのだ。

まだ10時頃だったので、モーニングセットしかなかった。
メニューを見ると、バンズの間にチキンとエッグが入ったものがあった。

なかなか、いい組み合わせだ。
よく考えると、親子丼のハンバーガー版だ。
「フィレたまサンドセット」となっていた。

さっそく、このメニューを注文した。

写真と違い、現物は小ぶりだった。
あっと言う間に平らげたため、味はほとんど分からなかった。

しかし、注文してすぐに出て来るファーストフードは、こういう空き時間を
活用して少し食べるには、本当に便利だ。

ファーストフードの移動車を仕立てて、東方地方の避難所を回ったら
それだけでも感謝されるのではないだろうか。

大船渡でお世話になった方々とは、依然として連絡が取れていない。

分かれ際に頂いた、心づくしのお弁当を思わず思い出してしまった。

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2011年3月30日 (水)

語学の旅「EURO24」

一昨日から、NKH教育テレビで「テレビでイタリア語」が始まった。

これまでは、イタリアオペラを習いながら、イタリア語を理解することなく
先生の発音通りにただ真似て歌って来た経緯がある。

しかし、次の課題曲がオーンブラマイフーになり、レスタティーヴォという
語りが入って来ることに鑑み、今のままでは感情表現が深まらないと考えた。

そこで、何か適当な学習材料がないか探したら、見つかった。
それがNKH教育テレビの「EURO24」である。

EURO24は、「ヨーロッパ流くらしカル 見つカル」を標語に、イタリア語、
ドイツ語、フランス語、スペイン語を各国を旅する気分で学び、同時に
文化にも親しむ4か国コラボ企画となっている。

ちなみに、前記(4月~9月)は、「伝統的(クラシカル)」でありながら
軽やかな「カルチャー」の魅力を併せ持つヨーロッパの「暮らし」の中へ
旅するとなっている。

ここで好奇心が、むくむくと湧いて来た。

まずは語学に親しめばいい。
それに、オペラはイタリアだけでなく、ドイツオペラやフランスオペラも
存在する。

ならば、一層のことスペイン語を含めて4か国語を同時に習ってみようと。

ラテン系とゲルマン系の言語体系が違う言語を同時に習得することに
なるが、それも一興だろう。

せっかく番組も、4か国語をコラボレーションしている訳だから
そのメリットを活かさない手はない。

ということで、一昨日からそのチャレンジを開始した。
深夜なので、時間的には恵まれている。

対応できない時は、定時のビデオ撮り。
移動中等の場合は、ワンセグで見ることが出来る。

さあ、どこまで続けることが出来るか楽しみだ。
これを今年3番目の目標にすることにした。

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2011年3月28日 (月)

ダンベルマスターに到達

昨日、ついに28kgのダンベルを持ち上げることに成功した。

ダンベルベンチプレスで、10回2セットだ。

フラットベンチに横たわり、両腕にそれぞれ持ったダンベルを胸を寄せ
ながら腕を伸ばして上に掲げる。

26kgまでは、昨年の4月には出来ていた。
その後、5月に28kgを失敗し、私の不始末で左薬指の爪が剥がれるという
アクシデントに見舞われた。

それ以降、どういう訳か上がらなくなってしまった。
たった2kgの違いしかないのに。

恐怖感があった訳ではなかったが、どこかで心の壁を作ってしまったのだろう。
その壁を突破するのに、1年かかったことになる。

しかし、昨日は調子がよかった。
連続4日通った上に1時間のスイミングの後だったが、返って体が
ほぐれていたのかもしれない。

ちなみに、28kgは我がジムに置いてある最も重たいダンベルである。
この最重量のダンベルをクリアすることをフリーウエイトトレーニングの
目標にしてきたのだ。

ダンベルマスターになるまで、スタジオのレッスン参加を封印して来た。
ウエイトトレーニングに時間を充当するためである。

しかし、これでレッスン参加再開の道が開けて来た。

エアロビクス等のレッスンに出て体を絞りながら、さらに上級の
ダンベルマスターを目指したい。

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2011年3月27日 (日)

わかりやすく伝える技術

池上彰氏が、3月末までテレビから消える予定だ。

充電のために降板ということのようだが、その他の噂もいろいろ飛び交っている。

私もファンの一人として、出演される番組を時間があれば見ていた。

見ている観点は2つ。
① 解説される内容
② なぜ分かりやすいのか。

特に、②に知らず知らずのうちに関心が行っていた。

ポイントはいくつもあるのだが、ご自身でどのような点に留意して来られたのか
改めて興味が湧いて来た。

ということで、昨日書店に行き、著書を当たってみた。

「わかりやすさ」シリーズとして、講談社現代新書から3冊の本が出版されていた。
・わかりやすく伝える技術
・相手の伝わる伝わる話し方
・わかりやすさの勉強法

他の出版社からもさらに出ていたが、まずはこの3冊を斜め読みしてみた。

一番簡潔かつ理解しやすようだったのが、「わかりやすく使える技術」だったので
これを購入した。

現在まだ読んでいる最中だが、単なるノウハウ本ではない感じだ。
自分のNHKの記者時代の経験や、そこからどんなことを考えてきたのかの
エピソードが多く語られている。

まさに経験から編み出されて来た技だったのだ。

バックグラウンドの解説付きだからわかりやすい。
彼だからこういう風にするのだなという点や、これは自分に応用できる
という点、確かにそのとおりと合点する点等、大いに参考になる。

後は、いかに自分なりに消化するかだろう。

いろいろ味わいながら、続きを読みたい。

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2011年3月26日 (土)

探査機はやぶさがもたらしたもの

久しぶりにDVDに録画したカンブリア宮殿をゆっくり見た。

今週は、7年60億kmの旅をした小惑星探査機はやぶさを無事帰還させた
宇宙航空研究開発機構(JAXA)教授 川口淳一郎氏を招いての話しだった。

幾多のアクシデントを乗り越え、太陽系小惑星イトカワから微粒子
1500個を持ち帰った快挙は、まだ記憶に新しい。

日本人の技術の高さと成功に賭ける執念を見た思いがした。

このプロジェクトは、世界初の要素をいくつも持っていた。
小惑星に着陸後、地球に戻るということ自体が前代未聞の出来事だったとのこと。

現在、回収されたカプセルは、日本中を展示のため回っているという。

「日本の若者に関心と自信を持って欲しい。」

この言葉、未知へのロマンと地道な努力がやがては報われるということを
物語っている感じがする。

探査機の重要パーツの製作に、町の中小企業がいくつも関わっていた。
まさに技の匠によって支えられたプロジェクトだったのだ。
これは、何が本当に大事なのかを考えさせられるテーマだ。

ここに、日本の明るい兆しを見た思いがした。

これから、さらに展開される宇宙研究。
日本における研究過程で、今後も平和利用される技術が開発されて来るだろう。

この時期に、未来に関する明るい話題を提供して頂いたテレビ東京に感謝したい。

戦後の日本の真の闘いは、ここから始まるのかもしれない。

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2011年3月25日 (金)

大局観ー自分と闘って負けない心

将棋棋士の羽生善治氏が書いた「大局観ー自分と闘って負けない心」を読んだ。

大局観そのものというよりは、羽生氏のこれまでの営みの中で
感じて来たことを、そのまま正直に書き表したという感じだった。

そこには、将棋という知的勝負の世界で、まさに静かに自分と闘う
筆者の心情が記されていた。

「反省はするが、後悔はしない」

敗北を期した際、その経験を実力アップのプロセスとして受け止め、
消化し、昇華させることが大切とあった。

まさに同感である。
失敗は、諦めない限り失敗ではない。
全ては成功への一里塚ということになる。

ただし、謙虚に振り返ることは必要だ。

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」

負けには、必ず理由がある。
そこをいかに的確の掴み取るかが、明日の勝利につながる。

これらの経験を積み上げることで、ある本質的な見方が身につく
ことになる。
これが、大局観ではないだろうか。

「学ぶ」ことだけでは不足で、「行動」し「検証」を繰り返す中で
初めて活きた大局観が養われて来るものと思う。

そして、大局観にも、深さと幅があるような気がする。

深淵な事の真理に迫るものから、時代の変化に即応したスピード感の
ある捉え方までだ。

いずれにしても大事なのは、好奇心を豊かにし「なぜ」を繰り返して
自問自答しながら考える習慣だろう。

自分で『見極めの法則』というのを作っている。

「予見し、見切っていく」という内容だ。
予見する時に必要なものが、大局観、全体観だ。
そして、見切っていく時に必要なものが、決断力と勇気だ。

これからの世の中、自分を見失わないよう、しっかりとした目を
養って行きたいものだ。

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2011年3月24日 (木)

停電の夜に思う

連日、計画停電で真っ暗闇のひと時を過ごしている。

昨日は午後7時まで停電だった。
折しも、持ち歩いていた自転車用マグライトがバッテリー切れとなった。

そのため、マンションの内階段を手探り状態で上ることになった。

何も見えない中、足を踏み外さないよう注意しながら、まずは2階まで
階段の数を数えて上った。
後は同じ数の繰り返し。

上った階数も同時に確認する。
我が家は5階にある。

エレベーターが止まるアクシデントに備え、従来から5階以上には住まない
ことにしている。

高層階は眺めはいいが、危機管理上は、まな板の鯉状態になる。
手の出しようがない。
給水タンクを持っての上り下りは、さぞ堪えるだろう。

足腰の弱い方は、日頃から鍛えておかないと、自宅にたどり着かない事にもなる。

しかし、この程度だと不満は言えない。
何せ自宅があるのだから。

毎日テレビに映し出される被災地の状況に胸が痛む。

実はこの2月まで、大船渡市に仕事で半年に渡ってお伺いしていた。
お世話になった皆さんは無事でお過ごしだろうか。

にっぽん丸を見送った岸壁も、いつも宿泊していた海岸近くのホテルも多分
見る影もないだろう。
ドラゴンレールと呼ばれた大船渡線も、寸断されてしまったと聞いている。

福島第一原子力発電所も、昨年仕事でお伺いしたばかりだった。
構内を案内して頂き、何重もの安全策を見て凄いと思った。
しかし、今回無残にも津波で打ち砕かれてしまった。

本当に、自然の力は凄いものだ。

ある時は、奄美の海のように限りなく人を癒してくれるが、
一度牙を剥くと、人などひとたまりもない。

人間も大いなる自然の一部で、その偉大な力の前ではひれ伏すしかないのだろう。
何が起こっても、結局は受け入れて行くしかないのか。

でも、そうしながら、その試練を乗り越え、人は知恵を付けて来た。

今回は、余りにも犠牲が大きかった。
しかし、いつかまた、そういう時があったと言える時が来るのかもしれない。

その日を目指して、自分の出来ることに力を注いで行きたい。

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2011年3月22日 (火)

お彼岸の墓参り

一昨日から兵庫県の実家に戻っている。

この機会を活かし、昨日お彼岸の墓参りに皆で行って来た。

久しぶりにお寺へお伺いしたが、本堂が真新しくなっていた。
総檜造りの堂々たるお堂が目の前にあった。

住職さんご自慢のお堂である。
これまで、事あるごとに建立時の苦労話を聞かされて来たが
なるほど、りっぱなお堂だった。

父の49日の法要は、このお堂で行うことになっている。

墓参りの帰りに、昼食を中国飯店で頂いた。
広東・上海料理の店で、さっぱりした味付けに食がかなり進んだ。
久しぶりに目一杯食べた。

お陰で、今朝体組成計に乗ったら、体重、体脂肪率、内臓脂肪の
数値が、軒並み上がっていた。
まあ、やむを得ないか。

今日は、名古屋で打合せがある。
その後帰京するが、明日から少し日程にゆとりが出て来る。

上がった数値を下げるため、都内の美術館をレンタサイクルで
回るのはどうかと思っている。

結構アップダウンがあるので、いいトレーニングになる。
省エネになるので、今の状況に貢献する一助にもなるだろう。

自らのニーズを満たしながら、出来る事を行って行きたい。

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2011年3月21日 (月)

久しぶりのジム

昨日、1週間ぶりにジムへ行った。

週3回通うことを掟としているが、先週は奄美へダイビングで出向いたり
長女の引越しがあったため、行くことが出来なかった。

加えて、計画停電の関係で、午後10時までの営業が午後6時まで
の短縮営業となっているため、時間の間隙を縫う道も閉ざされた
感があった。

行くと、照明が一部落とされていたり、タオルの貸し出しを自主
制限するようお願いの文書が貼り出されていたりしていた。

ここにも地震の影響が及んでいるのかと、改めて実感した次第である。

少し留守をしている間に、いろいろなことが起こっていた。

インストラクターのリーダーであった女性のMさんが3月末で
退職することとなり、改めてご挨拶を受けた。

一方、4月からインストラクター3名、フロント1名がスタッフとして
加わる等新たな変化も見込まれた。

日頃は何気なく過ごしている日常だが、その中にもいろいろな
移り変わりがある。

それらをただ受け流すのではなく、いかに自分の事として捉えて
いくかが大事なことだと思う。

ジムのタオルは、前からフェイスタオル2枚だけをお借りしている。
スポーツタイルやバスタオル、バスローブも自由に使えるよう
用意されているが、資源のムダ使いを避けるため敢えて使用を
避けている。

昨日からは、フェイスタオル1枚だけとし、有効に活用するよう
工夫することにした。

インストラクターのMさんには、これまでレッスンやトレーニング
で、たいへんお世話になって来た。
言葉では言い尽くせない。
だから、感謝の気持ちを手紙に託し、先日お渡しした。

昨日、Mさんとも久しぶりにお会いしたが、言葉にならない感謝の
気持ちのお返しを頂いた。

人はいろいろな出来事を通し、お互いに支え合っている。
それらの事実を素直に認め、自分で出来ることを精一杯行動に表す
ことが大事なことだろう。

平均週3回を満たすためには、不足分を補うため今週6回ジムに通う
必要がある。
クリアを目指して、がんばりたい。

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2011年3月20日 (日)

富士山の見えるマンション

昨日、長女の引っ越しの手伝いに行って来た。

賃貸マンションから新たに購入したマンションへ転居したのだ。

部屋の間取りと申込の競合状態を勘案し、11階の部屋に決めたのだが、
思っても見ない利点があった。

それは、リビングの正面に秀麗なる富士山が臨めることだ。

昨日はあいにくの曇りで拝むことが出来なかった。
しかし、内覧会の際は、素晴らしい展望を楽しむことが出来た。

引っ越しは順調に進んだ。

私たちの助言に従い、極力荷物を減らしておいたことが幸いし
荷物の搬入自体は、あっと言う間に終わった。

その後、皆で手分けして荷ほどきをした。
私たち夫婦と次女が応援に来ていた。

それぞれが自然と役割分担し、てきぱきと片づけが出来て行った。
なかなかいいチームプレイだったように思う。

夕刻には、ほぼ終了した。
後は、時間を掛けて住み易い空間を創って行けばいい。

夕食は、図らずも引っ越しそばならぬ手打ちそばを、自ら
近所のそば屋で皆で頂いた。

時々、こういうイベントがあると、ファミリーの絆を確認する
ことが出来る。

これからも、何かある時は積極的に協力して行きたいと思う。

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2011年3月19日 (土)

奄美満喫

3泊4日に渡った奄美の旅が、昨日終わった。

あっという間の4日間だった。
さらに深く、奄美を味わった感じだ。

最後の日は、ネイティブシー奄美でマウンテンバイクをお借りし
午前中、倉崎海岸のある岬を一巡りして来た。

アップダウンを繰り返しながら、奄美の海をいろいろな角度で
今度は上から楽しんで来た。
光の加減で、さまざまな表情を見せてくれた。

走っては止まり、止まっては走って、いろいろな奄美に触れて来た。

奇妙な形をした見上げるようなガジュマルの大木。
特攻基地跡では、思わず手を合わせた。
黒糖焼酎作りで有名な奄美酒造の工場見学。

昨日までお世話になった手広海岸へも足を向けた。
その近くに製造販売を行っている大島紬村があったので立ち寄り
大島紬の真髄に触れて来た。

昼食は、鶏飯で有名なひさ倉で鳥刺し付き鶏飯を頂いた。

午後は、ホテルの方に車で奄美パークまで送って頂いた。
田中一村記念美術館に、再び訪れるためだ。

前回は駆け足だったが、今回はじっくりと一村の作品と
対話することが出来た。

奄美は本当にいいところだ。
自然と豊かな人情にあふれ、その上、時間がゆったりと流れている。
そこにいるだけで癒される感じがする。

私にとって、これが奄美での生活の始まりとなる予感がした。

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2011年3月18日 (金)

ダイバーライセンス取得

昨日、ついにオープンウォーターダイバーの資格を取得した。
これで、水深18mまで潜れるようになった。
広大な海の世界への門戸が開かれたという訳だ。

講習は、一昨日に続き奄美の手広海岸で受けた。
今回も2回のダイビングを行ったが、前回とはまた違う手広海岸
の顔を見た。

何と言っても感激したのが、メアジの大群を海底から見上げた
瞬間だった。

インストラクターのFさんが指差す方を見ると、透明の何かが
動いている。
よく目を凝らすと、無数の魚たちだった。

銀色というより、透明に近かった。
それらが無数に集まり、大きな魚のようにも見える。
後でFさんから、それが彼らの集団防衛行動だと教えられた。
なるほど、納得。

泳ぎながら眼下を見ると、ホウセキキントキが縦と横に整列して
静止し、海の中で屏風を作っていた。

シンデレラウミウシは、まさに青いドレスをまとったシンデレラ
のように気品ある美しさを放っていた。

伊豆では見つけるとアイドル扱いされると言われている
モンガラカワハギが、大きなくちばしをパクパクさせていた。

その横で、ツノダシやトゲチョウチョウウオが遊んでいた。
さんごの中にカクレクマノミが、岩に上にはゾウゲイロウミウシ
がいた。

まさに、海の中の楽園だった。

今回の資格取得で、今年掲げた目標の一つ目をクリアした事になる。
イタリアオペラと同じく、さらに高みを目指してチャレンジしたい。

講習終了と同時に、ネイティブシー奄美のダイバー会員になった。
スノーケルの基本器材も注文した。
次回からは、自分の器材を身に付け、海にお邪魔することとしたい。

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2011年3月17日 (木)

アオウミガメとの出会い

昨日からいよいよ、奄美での海洋実習が始まった。

倉崎海岸が若干荒れていたので、島の反対側の手広海岸で潜った。
こちらは砂地の海底になっており、前回潜った倉崎海岸とは
また違った趣があった。

海底の珊瑚の小さい破片が白い砂紋を描き、それが海面から
差し込む光に反射し、きらきらと輝いていた。
移り変わる光と影のコントラストに、思わず言葉を失った。

Fさんから基本的なスキルを教わりつつ、海中散歩を楽しんだ。
その間、いろいろな魚たちと出会った。

ムカデミノウミウシ
ホシゾラウミウシ
クマノミ
オオウミウマ(たつのおとしご)

ウケグチイットウダイ
コブハマサンゴ
イバラカンザシ(さんご)
ホンソメワケベラ(クリーナーフィッシュ)

そして極め付きが、アオウミガメとの出会いだった。

ちょうど岩穴の棲家に戻った所に行き会ったようだ。
Fさんがライトで照らすと、中から出て来た。

ゆっくり泳いで近づいて来た。
すぐ手が届きそうな所まで接近して来た。
目も口も鼻も、はっきり見ることが出来るではないか。

見とれていると、私の頭上で反転しつつ、斜め後方に泳ぎ
去って行った。

下から見上げるアオウミガメのお腹の白い甲羅が、目に
焼き付いた。

自由にゆったり泳ぐその姿を見ているだけで心が和む。
まさに、アオウミガメヒーリングである。
竜宮城の案内役という意味が、分かったような気がした。

昨日は、午前中に2本潜った。
午後は、初めてのダイブログの記入だった。
本日も、2本潜る予定。

今日は、どんな出会いが待っているのだろう。

ワクワクしながら、海の世界にお邪魔することとしたい。

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2011年3月16日 (水)

奄美再訪

昨日、再び奄美大島へ来た。

大惨事を招いた地震の後で、さいたまの我が家も計画停電の
あおりを受けていたため、行くか行かざるべきか迷った。

しかし、今回はCカードの取得が目的だったため、思い切って
行くことにした。

この機会を逃してしまったら、今度いつ取得出来るか分からない。
なお、Cカードとは、スクーバダイビングの国際ライセンスである。

昨年の12月に滞在したネイティブシー奄美さんに今回もお伺いした。
アットホームなホテルで、すっかり気に入ってしまったのだ。
スタッフの皆さんとも、久しぶりの再会を称えあった。

到着して少し休憩してから、さっそく学科の講習に入った。
教えて頂くのは、前回体験ダイビングでお世話になったFさんだ。
究極のゆるキャラで、全く気負いがない。
ご一緒しているだけで、気が和む。

4時間みっちり講習を受けた後、テストが待っていた。
密かに全問正解を狙ったが、結果は50問中47問正解。
94点だった。

しかし、不正解の問も、内容面ではすぐ理解出来たので
納得度は100%だった。
全てが終了したのが、午後7時半。

それ後、レストランフォレストで夕食を取った。
前回美味しく頂いた鶏飯(けいはん)を再度注文した。
と言うより、前もって準備しておいて頂いたようだ。
なお、鶏飯とは、奄美大島の郷土料理だ。

私が鶏飯がお好みだったことをレストランのMさんが覚えており
「Iさんは鶏飯しか食べないから」という読みの基に準備を整えて
おいて頂いたのだ。

そのお陰で、席に着くや否や料理が出て来た。
これには驚いた。
前回は、スープを温めたりと結構待たされたのだ。
お腹が空いていたので、一気に頂いた。

今日は、いよいよ海洋実習が始まる。
奄美の海を満喫したい。

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2011年3月 6日 (日)

お葬式で完全燃焼

今回の父の葬儀で、ファミリー全員が完全燃焼した。

特に介護状態の父に関係が深かった母、姉、義兄そして私の
燃焼ぶりが顕著だった。。

父が亡くなったのが2/27(日)、通夜が3/3(木)、葬儀が3/4(金)と
少し時間が空いていたのが返ってよかったのかもしれない。

十分な準備と心の整理がついた上での葬儀だった。

葬儀が終了した昨日3/5(土)の実家の様子は、実に和やかだった。

普通は「悲しみ」で一杯なのだろうが、逆だった。
無事に見送った「安堵感」と、出来ることは全てやり遂げたという
「満足感」に満ち溢れていた。

それと共に、心の余裕のためだろうか、父を身近に感じることが
出来るのだ。
確かに肉体は失われた。

しかし、魂は失われていない。

ご近所の方々から、いろいろお悔やみの言葉を頂いた。
「力を落とされませんように。」
「ご愁傷さまです。」

これらのお気遣いは嬉しかった。
しかし、今は「悲しさ」よりも、これをリスタートラインとして
再出発する意気込みの方が勝っている感じがする。

それを象徴したのが、昨夜の団欒だった。
母を中心に、父との思い出から始まり、祖父や祖母さらに家系を
遡り、いろいろな方々の話しを改めて聞く機会を得たのだ。

温故知新と言うが、まさにそれだった。

改めて、自分が今後どう生きればいいか、ご先祖様の辿って来た
道から見詰め直すことが出来た。
初めて聞く話しも多く、この時間は貴重だった。

このファミリーに生まれた意味を、改めて感じ取った。
そして、今回の葬儀も、このファミリーだからここまで結束出来た
のだろう。

人生には、いろいろな事が起きる。
「生」があれば「死」もある。
「出会い」があれば、必ず「別れ」の時も来る。

そのひとつひとつを、ぜひ前向きに受け止めたいものだ。
それが残された者の使命だろう。

今後も、このファミリーの一員として生きて行きたい。

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2011年3月 5日 (土)

父千の風になる

父が千の風になった。

昨日、無事葬儀が終了したのだが、その式典の最後に
私が「千の風になって」を歌わせて頂いたのだ。

「父が元気な時、息子の私にこう言いました。
「私が亡くなったら、この歌を歌って欲しい。」と。
その歌は、父が大好きな歌でした。
北公民館のコーラスで、皆様と一緒に歌わせて頂いた歌です。
この歌には、私たち遺族や皆様へのメッセージが
込められています。
これから、父に代わってこの歌をご披露させて頂きます。」

歌い始めたら、しきりに頷いたりハミングする声が
聞こえたりして来た。

しかし、こちらはお坊さんの読経の後の余韻と勝手の違う
会場に飲み込まれないよう、歌詞を間違えないよう歌うことで
必死だった。

後で姉から聞いたのだが、コーラスの別のパートを歌って
頂いていたようだった。
嬉しい話しではないか。

実は、会場に慣れるため、前日お通夜が終わった後、深夜に
一人で会場で練習させて頂いた。
会館の担当者の方が配慮して、会場の鍵を開けて頂いていたのだ。
この配慮も嬉しかった。

ちなみに、母と私の家族は、会場にある会館に泊まらせて
頂いていた。

「千の風になって」は、昨年12月に行われたイタリアオペラの
発表会で歌った歌だ。
オペラ曲ではないが、先生に特にお願いして、この日に備え
練習を重ねて来たのだ。

この曲に、父との思い出を載せ、魂を込めて歌った。
父と共に歌い、父が身近にいることを感じた。

歌がもたらす感動を、改めて感じることが出来た。
父から授かった、この歌を歌う才能。
この才能を、今後も引き続き磨いて行きたい。

そして、多くの方々と感動を共にしたい。
父が、今回そのきっかけを作ってくれた。

ありがとうお父さん、千の風になって私たちを見守っていて
下さい。

光明院浄山雅篤居士の名に続く、篤に満ちた人生を開拓して
行きたいと思います。

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2011年3月 2日 (水)

タルトでお祝い

次女の再就職が決まった。

そして、昨日が初出社日。

結局は失業期間なしで、再就職したことになる。
さすがは、わが娘だ。

かねて希望していた化粧品の開発会社で企画・販売の職に
就くこととなったのだ。

これからが、彼女の仕事人生の本番。
今までは、言うならば助走みたいなものだ。

これを祝わない手はない。
大学を卒業して就職した際は、特に何かをして祝ってあげた記憶がない。
しかし、今回は本気でお祝いたい気になった。

とう言うことで、いつかの機会に贈っておげたいと思って目をつけていた
近所のスイートショップのタルトのホールケーキをプレゼントすることにした。

タルトにしてはやや柔らかい生地の上に、まずカスタードクリームがのっている。
その上に、いちごや洋ナシやオレンジその他のフルーツが山盛りになっている。
豪勢な逸品だ。

今回は、チョコのプレートもつけてもらった。
「○○子、就職おめでとう」

夕食の後、デザートとしてお披露目をした。

「さあ、では目をつむって。」
「こう。」
「そう、では目をあけて。」
「おおお~。」

何歳になっても、やはり嬉しい瞬間のようだ。

「これからが本番だ。思いっきり生きればいい。」
「分かった。そのつもりだよ。」
「何かあれば、いつでも相談にのるよ。」
「その時は、よろしく。」

妻とペットのチワワのななも同席し、楽しいひとときを過ごした。

果たして、今後どう言う展開になるのか楽しみだ。
ビックイベントの結婚もこれからだ。
親としてよりも、傍にいるひとりの人間として大いに興味をそそられる。

喜びも悲しみも、全て栄養として取り込み力強く生きて行って欲しい。
そのためのサポートは、惜しみなく提供したい。

共に生きよう。
わが娘よ。

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