日本と五輪
今日の朝日新聞の「記者有論」に、編集委員の西村欣也氏の
オリンピックに関する寄稿が掲載されていた。
タイトルが、「日本と五輪 メダル数にこだわりすぎだ」
となっていた。
読んで、なるほどと思う部分と、世界の現実はそうではない
と思う部分が交錯して、しばし考えさせられた。
なるほどと思う部分は、ロンドン市民が、国ではなく
チームと選手を応援していたとの箇所。
現地を取材しての感想なので、確かにそうだったのだろう。
オリンピック憲章にも、確かに「五輪は、国の戦いではなく
チーム間、個人間の戦い」と記されている。
ロンドンという成熟した都市が、憲章の考えを理解して
いるからこそと記されていた。
それに対し、日本はメダル、それも金メダルの数に
拘り過ぎており、国が金メダル目標を掲げる事自体が
ナンセンスとあった。
スポーツ基本法で「全ての人にスポーツを楽しむ権利」を
保障し、「生涯スポーツ社会の実現」を掲げる中で、
新しい箱物に依存しようとする東京五輪招致に多額の
費用をかけようとするのはどうだろうかと問い掛けていた。
確かに日本人は、イギリスに比べ、市民意識や高潔な
社会意識が薄いかも知れない。
しかし、世界の現実はどうだろう。
水面下で、脚の蹴り合いをしているのが現実である。
オリンピックでも、金メダルをとれば、国旗が掲揚される。
チームや個人の旗ではないのだ。
綺麗事ではすまないのが、国際社会の現実だ。
この現実の中で、日本も生き抜いて行くしかないのである。
私は、この現実を直視し、もっとしたたかに国を運営を
して行く術を再起させる事の方が大事なような気がする。
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