「西郷南洲遺訓」読了
西郷隆盛は、残念ながら一冊も本を書かなかった。
しかし、その言葉の数々を後世に伝えようと著した方々がいた。
その方々とは、庄内藩(現在の山形県庄内地方)の藩士達。
出身地の薩摩藩ではなく、幕府軍として敵対していた者達だ。
西郷さんに弟子入りして、その教えを「西郷南洲遺訓」として書き記した。
この一件を捉えただけでも、西郷さんの懐に深さが分かる。
本編41項目、追加2項目と小編だが、その言葉は味わい深い。
最も有名な言葉が、「敬天愛人」だろう。
天の理は存在し、生を充実させるにはそれを実践する事である。
そして、天が人々を平等に愛してくれるように、
自らも、他人を愛さなければならない。
「人を相手にせず、天を相手にせよ」も有名だ。
人を相手にしないで、天を相手にするようにせよ。
大いなる天を相手にするようなつもりで、自分自身の精一杯を尽くし、
人の非をとがめるような事をしてはならない。
全てが愛情に満ち、スケールの大きい言葉となっている。
しかし、一方で、人が良すぎる面もあったようだ。
征韓論者と誤解されたり、最後は若者に加担して西南戦争で没した。
だが、深い所では、自分の主張を終始一貫して守り通した。
そのため、一時期は、遠島処分にもなっている。
その遠島先のひとつが、奄美大島だ。
奄美大島の龍郷町には、今も西郷さんの謫居(たっきょ)した住まいが
残されている。
10月下旬に、母と次女と妻と共に、奄美大島へ行く事となっている。
一度訪れた事があるが、皆を案内して再び訪れたい。
「ここに、西郷あり」
そんなメッセージが伝わって来る住まい。
改めて、言葉の数々を味わって来たい。
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