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2013年1月15日 (火)

「韓非子」を読む

この3連休の期間を利用して、「韓非子の教え」という本を読んだ。

韓非子(韓非)は、法家を代表する思想家。
法家は、2500年前の中国・春秋戦国時代に現れた、諸子百家の1つ。
法律を整備し運用する事で、秩序ある社会の実現を目指すもの。

孔子の徳治主義に対し、法治主義を唱えた。
つまり、法と刑罰により世を治めて行く考え方。

孔子も道徳的規範としての礼を重んじたが、その礼をさらに法律という
形にして重んじたとも言える。

元々、韓非子は荀子の弟子であり、荀子は子夏強いては孔子の弟子
であった。
ルーツは、孔子に行き着くのだ。

しかし、その説は、180度違っている。
孔子は性善説、韓非子は性悪説に基づいている。

人間の本性を現実的に直視し、君主として強力な国家を構築すべく
論じている所は、戦国時代という背景を考えた場合、妥当なのかも
知れない。

君主のために、臣民を抑え富国強兵を目指し、全て法によって裁く。
しかし、この法家の考え方も、秦の滅亡と共に13年で消え去る。

今の世に置き換えると、どうなるのだろうか。

法治国家として、客観的判断基準の法が必要なのは言うまでもない。
しかし、法家の時代と違い、民主主義の下での法治国家である。
だが、限界もある。

法で、世の動きを全て網羅する事は出来ない。
また、法に規定されている内容も、解釈次第ではかなり幅が出て来る。
そうなると、最後は、解釈する人の徳に帰着するようにも思う。

ここはやはり、私としては性悪説ではなく、性善説に基き、人間が
本来持っている善の心に火を灯す活動を主と考えて行きたい。
そのためには、まず自らの身を修めて行く必要があるのだろう。

「修身、斉家、治国、平天下」

この考え方を論じた中国古典の「大学」に、傾注して行きたい。

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