イチローに思う
日米通算4367安打、米大リーグ通算3089安打という偉業を
成し遂げたイチロー選手が、遂に現役引退を表明した。
これまで、野球のみならず、彼の発して来た言葉や
その生き方に注目して来た。
イチローは、自分の事をかつて「野球の研究者」でありたい
と述べていた。
野球を客観的に見詰め、その技法を限りなく探求する
という意味と解釈した。
しかし、彼の野球に対する向い方を見ていると、
単なる研究者以上にものを感じる。
野球の「研究者」と言うよりは、野球の「求道者」。
野球道を究めるべく、限りなく修行に励む僧のイメージ。
「最初から長い時間打とうとしている訳ではありません。
ただ自分にはその日にやらなければいけない目標があって、
その目標をクリアしようと思って打ち続けていると、
3時間でも4時間でも集中出来るんですよ。」
高校生時代、練習後、一人で素振りをする姿。
その集中する姿を想像するだけでも、熱が伝わって来る。
「メンタルを鍛える、つまり心を鍛えるっていうのは、
自分に必要なことを続ける努力をすることじゃないんですか。」
今、何が自分に必要かが分かっている。
それが出来るまで、諦めずに求め続ける。
決して、自分に妥協を許さない。
「4千本のヒットを打つために8千回以上は悔しい思いをして来ている。
その苦しみと自分なりに向き合って来た。
誇れるとしたらそこじゃないかと思います。」
幾山河の険しい道のりを乗り越えて来た。
その事実が、心の余裕と自信に繋がって行ったと思われる。
「僕は他のメジャーリーガーの誰よりもヒットが打ちたい、
うまくなりたいという気持ちを保ち続けることができると思います。」
好きこそものの上手なれ。
最後は、野球に対する深い愛情が、我が身を育んでくれるという事か。
イチローの今後の生き方にも、注目して行きたい。
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