« 「男の子のおりがみ」で支援 | トップページ | パワーポイント活用UPセミナーに参加 »

2020年1月16日 (木)

玄徳と明徳

徳という言葉。
いろいろな方が、様々な表現で説いている。

辞書で調べると、以下のように示されていた。
・修養によって得られた、自らを高め他を感化する力
・精神的・道徳的に優れた品性・人格

中国古典では、徳を2面で捉えている。
それが、玄徳と明徳。

玄徳は、目には見えないが、内にあって
大きな働きをしている徳。
木で言うと、根に当たる部分。

明徳は、外に現れる徳。
木で言うと、幹や枝、葉・花・実に当たる部分。

玄徳の修養を説いたのが、老子。
明徳の感化を説いたのが、孔子。

玄徳と明徳は、まさに表裏一体の関係。
明徳の発現には、玄徳の蓄積が必要。
まずは、玄徳という根を養う必要がある。

孔子の弟子の曾氏が「大学」に、
「大学の道は明徳を明らかにするに在り」としたが、
決して玄徳を無視した訳ではない。
明徳を発揮しようとすれば、玄徳の滋養が大切。

孔子が玄徳を体得するのは、
「五十にして天命を知る」とあるように、50歳の段階。
学問を志したが、それだけでは天命を得なかった。
学知を超え、覚知が必要だった。

この事は、
「朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」
の言葉にも表れている。
この道は、玄徳を指している。

玄徳を養い、明徳を実践する。
心して行きたい。

|

« 「男の子のおりがみ」で支援 | トップページ | パワーポイント活用UPセミナーに参加 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 「男の子のおりがみ」で支援 | トップページ | パワーポイント活用UPセミナーに参加 »